義母から、私達夫婦のためにフォーマルディナー用の食器セットをカタログオーダーしたと報告を受けた。 嫌な予感がした。 彼女の好きなカタログは、一見上品に見えるがどこからどうみても安物の私の一番苦手なタイプの物が多いのだ。
実は、ここに至るまでには少々長い歴史がある。
私達夫婦は、まだ新婚
と見なされる時期にあり、結婚少し前に2人で家を購入したため、経済的にも余裕はなく、家具や装飾品なども揃って居るとは言いがたい状況にある。 そして、家を購入する際に、前のオーナーのご家族から大事に大事に使用されていたのであろう立派なダイニングテーブル、チャイナキャビネット、サイドボードとシャンデリアを本当に親切なお値段で譲って頂いたのだ。 私はこう言った丁寧に作られた家具や調度品が大好きで、このキャビネットに、そんなに高価でなくても質の良い気に入ったお皿やティーカップを飾る事をとても楽しみにしていたのだ。
けれど、やはり先立つもの
が乏しく、装飾品の前に必需品や保険などの支払いに追われ、未だにキャビネットには隙間が目立つ。
それを知っている義母は、それならば陶器類などが好きな嫁にと、あれやこれやと自分の所に余っている食器や何かを持ち込むようになった。 その心はとても嬉しいし
中には義母のお母様の代からの素敵なクリスタルのアペタイザートレイや、アンティークグリーンのグラスのボールなどがあり、本当にありがたく食器セレクションに加え使っている。 けれど、困った事に義母にとっては、そう言ったアンティークや、例え大量生産ではあっても、それなりの質とデザインを兼ね備えた類の食器と、“アンティーク風”や、“Classy(上品)風”に作られた安物との違いが分からない。 彼女にとったら、そんな高い値段だして名だたるデザイナーブランドの食器なんぞ買わなくとも、安いカタログオーダーで同じ(ような)食器セットが半額以下で買えると言う事になる。
私とてそんな名だたるデザイナーブランドの食器セットを全て揃える事が限りなく難しい事くらいは理解しているので、そこまで値は張らなくとも、それなりに上品な作りで質の良い物を求めて彷徨っており、だからこそ、未だにキャビネットは空なのだ。 そして自分が気に入って買った物は、たとえそれが一つ$3のグラスであろうが大事に扱い、あまり食器にこだわらない人などにシンクに、カツンカツン入れられると非常に腹が立つ
。
そんな中、義母は、そんな嫁の意見も好みも聞かずに(彼女は、嫁は上品な類の陶器が好きだと言うのは分かっている)フォーマルディナー食器セットなるものをオーダーし、その箱はどーんと我が家に届けられた。 届くまでの間に私は覚悟を決め、どんなセットが届いても驚かないと心の準備をし、お礼を言う練習までしていた。
中にぎっちり詰められていた食器達は、想像以上に安っぽかった。 ところどころにポツっと焼き残し(?)のような跡まであり、“金箔風”に縁取られたデザインにはもう脱力するしかなく、私は嘘でも笑う事すら出来ない事態に陥ってしまった。 やはりどんなに頑張ったところで高級さを真似た安物でしかないのだ。 ここで、これが旦那の好みにもあわなければ、義母に事情を話し返してもらう事も出来たのだけれど、旦那も、こう言う、“上品、高級そう”に見えるだけの物の違いは分からない。 かくて、旦那は義母に喜んでお礼の電話を入れ、ご丁寧に○○(私)もとても喜んでいたと伝えてしまった。 これで正式に、この食器セットは我が家の物になった。
あまりにショックな食器セットの侵略により、今、泥棒が入り、この箱だけ盗んで逃げてはくれないだろうかとか、ごみの入った似たような箱を横に置いておき、旦那自ら間違えてゴミに出してはもらえないだろうかとか、果ては一枚ずつ、一つずつ使用する度割っていこうかなどと不毛極まりない想像を巡らしてしまう。 が、そんな事をすれば、昔、母から読んでもらった怪談話の番町皿屋敷のお菊の如く義母が生霊になって枕元に現れ皿の数を数えかねない。
たかだかお皿くらいの事で人は死に化けて出て夜な夜な足りない皿の数を数え絶望し、私は不毛な想像に身を委ね長々と愚痴日記を連ねる。 たかがお皿、されどお皿、そこには簡単に語ることの出来ないふかぁ~い因縁があるのだ、と、秋の夜更けに深々と思わずにはいられない。