小さい頃、厳しいテレビ規制があったにも関わらず、私も弟も割と多くの洋物ホラー
映画を見て育っている。 年上のイトコ達の影響だ。。 両親が出かける時に預けられ、彼らは容赦なく幼少の私たちにホラー物を見せていた。。。。
中でも一番観る機会が多かったのが、バタリアン(Return of the Living Dead)とエイリアンシリーズ。
バタリアンは、どこからか死体を漬けおいているガスが漏れ、そのガスの影響で土葬にされた死体が蘇ると言う映画。 ゾンビ達には(確か)生きていた時の記憶があり、多少の人語を解し、生きた人間の脳みそを、“ブレイン~ブレェエエエン(脳みそをよこせ~!)”と求めて街に彷徨いでる。
この映画、大人になってから観れば、かなりコメディー要素の強い映画で然程怖いホラーじゃない。
けれど、子供にとったらゾンビ化した人が脳みそを求めて襲ってくるなんて、もう死ぬほど怖い
。 つくづく自分の住んでいるのが土葬のお国じゃないことに感謝した。
そんなある時、両親は親戚の住むカナダへの旅行
を計画した
。
私の子供時代は(田舎と言う事もあり)海外旅行
などと言う物は、かなり敷居が高かかった。 当然、周りの人達は、宇宙旅行
に行くかのごとく羨ましがり、帰って来る時には英語がペラペラかもね~!(一ヶ月程度で、んなわけない)などと言われる毎日だった。 が、イトコ達と散々ゾンビ物の映画を見てしまった私は喜ぶどころか、恐怖のどん底へ突き落とされた
。 両親には、どうか土葬のお国への旅行はやめてくれ、ゾンビが出たらどうするんだと懇願した。 もちろん父は、私が何を言っているのか理解せず、母は映画を真に受けてどうするのだと相手にしなかった。。。。
風邪を引いたら行かなくてすむのではないかとか、事故にでもあえばキャンセルされるのではないかなど、普通であれば運動会やマラソン大会の前に考えるような事を、本来であれば楽しみであるはずの海外旅行の前に悩まなければいけないなんて、どんだけ映画がトラウマになっていたのかと、ちょっと可哀想な自分である。
そして当日、何せ親戚内では初の
海外旅行と言う事で、何故か祖母や他の親戚なども大名行列の如く車何台かで連なり空港まで見送りについてき、途中、成田山新勝寺に寄り旅の安全を願うほどの大騒ぎだった。 当然、私が願ったのは、“カナダに滞在中、ゾンビが現れませんように”だった。
初めて訪れるカナダ
は何もかもが珍しかった。 空が真っ青で大きくどこまでも広がっていて、書いてある事も耳にする言葉も何一つ分からない。 日中
は、このおおらかな空の下、何もかも忘れて楽しかったが夜
は、やっぱり怖かった。 日本に比べ大きな家で物音一つ聞こえない部屋で弟と寝る時間になると、毎晩私は、いるかどうか分からない神様に(実家は基本無宗教)、“今日はゾンビが出なくてありがとうございます。 明日も、お願いします”と、お祈りをして眠りに落ちた。 自分の理解を超えるものへの恐怖や何かを、自分の理解を超える存在するかどうかすら分からない何かに救いを求めることで私は自分を慰めていた。 今、思うと、こう言うとてもPrimitiveな恐怖や感情が、むかーし、大昔の一番最初の宗教の基になったのではないだろうか、私はその瞬間のような物を経験したんではないか、と思う。
まぁ、当然ゾンビは現れる事なく無事に帰国した。 精神的にも成長しゾンビは存在しないものと認識出来る様になる年頃に私は両親に連れられて土葬のお国へと移住した。 ゾンビは存在しないが、未だに土葬のCemetaryは苦手だ。
面白い事にエイリアンシリーズも死ぬほど怖かった
にも関わらず宇宙と言う設定だけで大分救われた。 
けれど、薄暗くオレンジの非常灯が光るような立体駐車場の造りは映画のシーンを思い出させ、エイリアンが飛び出して来るんではないかと私はいまだに一人で中に入り駐車スペースを探すのが苦手だ。 この歳になれば、駐車場に居る生きた人間の方がよっぽど危ない可能性はよく理解している。 が、小さい頃にみた映画のトラウマと言うのは中々私の脳みそからは消えてはくれないものらしい。
映画と現実の区別もつくようになり、すっかり世間ずれした今、昔の自分には可愛いところがあったのだなぁと、ちょっと面白い。