数年前の冬、運動不足解消のため何か楽しい
エクササイズはないものかと考え、一人では心細いのと恥ずかしいのとで友人を誘ってZumbaのクラスに参加してみた。
いや、一人だろうが誰と参加しようが恥ずかしさに変わりはなかった。 自分にリズム感
の欠片もない事は分かっていたのだけれど、動く方向を間違え隣の友人に激突する、他人の足を踏む、自分の短い足にもつれて転びそうになるなど散々
な目にあった(散々な目にあったのは周りの人だ)。
けれど、これが何とも楽しい
。 何というか一心不乱
に踊り終わった後にスカッとする。 例え鏡に映った自分の姿が酔っ払いのドジョウすくい踊りにしか見えなくても、だ。
Zumbaと一言で言っても、これがまた、教える先生の所属するチームか組織?によっても結構違った雰囲気になる。 ラテン系のボーカルなしの音楽でラテンダンスの様な振り付けもあれば、ボーカルはあるもののラテンのカントリー風?な曲ばかり選ぶ先生もいる。 私の好みはラテンポップ系(Daddy YankeeとかShakiraとか)の混ざった軽快音楽系、聞いていて耳に馴染み易く踊って楽しい系。 ついでに、Zumbaの先生も割と個性的な人が多く、最初のインストラクターは盛り上がるとオウムのような奇声を上げ、今の先生は髪型がモンチッチそっくりで、盛り上がってくると目を半分閉じ恍惚の表情で踊っている歌をカラオケ
してくれる。 生徒も楽しいけれど、一番ダンスを楽しんでいるのは、間違いなく先生だ![]()
さて、最初は全くもって踊れなくても、どじょうすくいでオタオタしていても、Zumbaは(楽しいと思えたら)諦めちゃぁいけない。 恥ずかしくても大丈夫
なにせ、生徒の大半は先生のダンスを追いかけるのに忙しい。 例え完全に振り付けを覚えていたって、今度は自分のダンスを鏡でチェックするのに忙しいのだから、誰も他の人の踊る姿になんて興味はない。 あれだ、ジムの鏡の前で自分の筋肉チェックするのに忙しいマッチョ達とあまり変わりはない。
そして、Zumbaの真の楽しさはダンスの振り付けを大体覚えてからにある。 曲は沢山あるように思えても、毎週大体同じだし、滅多に新しい曲・振り付けは出てこない。 だから、何週か通えば、なんとなーく体がダンスについていけるようになる(もちろん、初心者クラスのみ)。 例え新しい曲が出てきても、何となく次のステップが予想出来る様に脳が対応してくれる。
ここまで来ると常連達は、みんな自分の好きな様にステップをアレンジし始めるのだ。 モンチッチ先生のステップは軽快
な動きなのだけれど、常連の一人は、それをもっとラテン系のスムーズなダンスにアレンジしている。 黒人の人などは、もっとHipHop的に。 オバちゃんの中には、あごを突き出し、胸を突き出して、ただひたすらにセクシー
ダンスを目指している人もいる。 ただひたすらがむしゃら
に動く人もいる。 手足の動きが社交ダンスを踊っているような素敵な人もいる。 ほんと様々で皆それぞれ自分らしく楽しんでいる。
ところで私の子供の頃は、プリマドンナを目指す女の子の漫画(か、スポ根系)が一世を風靡していた。 もちろん、私も母にクラッシックバレーを習いたいと泣きついた。 返ってきた言葉は、“バレーって言うのはね、生まれ持った‘素質’と‘体型’が、ものを言うの”、で、あった。 子供ながらに、びっくりして涙もひっこんだ。 そして、今、念願叶い
?Zumbaをバレー風(手足の動きとか、あの静止したような美しさとかね)に踊ってみる事で、子供の頃の恨み夢を果たしている。 それが未だにバレーではなくロボットのようなギクシャク音頭であってでも、だ、人間観察を含めたなんとも言えない楽しさがある、それがZumba魅力だと思う。