8月に入ってから寝ても覚めても眠い
。 朝
も低血圧の身体を起こすのにいつもより時間が掛かり、仕事中でも家事をするのでも頭にもやがかかったようにボーっとしてしまう。 いつもだったらやり過ごせる小さな物事にも深く考えこんでしまい、悲観し気分が落ち込んで
仕方がない。 食欲もなく、週末など旦那とBrunch
を食べ仕事に送り出した後などは、一日何も食べずに終わってしまう事がある。
PMSのひどい月などは、この状態に近いものはあるけれど、今はその時期にもあたらない。 原因を探しながらカレンダー
を見て思い出した。 今年も、この時期がきたのだと。
日本では夏真っ盛りの8月、我が町の空はめっきり青く高くなる。 朝晩、涼しい日が増え夜
には秋の虫が鳴き始める。 短い夏が終わり更に短い秋が始まるこの時期に親に連れられて高校に上がったばかりの私はこの国へやってきた
。 もちろん英語など喋れない。 英語の教科書は、“This is a pen!”から始まる、世代の英語教育に育っている。 仕方なく来たと言う気持ちと、元々の自意識過剰な性格も手伝って喋る気すら起こらなかった。
夏(8月)の終わり、この季節に母と弟は一旦日本へ戻り、私は“女の子一人で家にいるのは危ないから”と言う理由で三ヶ月ホームステイ先に厄介になる事に決まった。 週末は、父の居るアパートに戻り、右も左も分からない学校生活と英語から開放され、私は日本語を喋り捲った。 父は、思春期で親(特に父)には目もくれなかった娘が、あれだけ自分に喋り続けたのは驚きものだったと後に言っていた。 週末の間は、日本に居る母に電話
したり(そして、あの時代の国際電話は今からは考えられないほど高額だった)父と出かけたり
して過ごすのだけれど、生まれて初めて異国の地での家族別々の生活が本当に心細く寂しかった。 それを思うと、今の時代のSNSやSkypeの便利さと言ったら、開発者に膝まついてお礼を言いたいくらいだ。
そんな経験をしてからか、この季節になると毎年、生ぬるいゼリーに閉じ込められたように指一本動かすのが億劫になる。 けれど不思議なもので、“あぁ、今年もこの季節が来たのだ”と思い出しさえすれば少しだけ気分が楽になる。 結局のところ直接的な原因も回避方法もなく、もう流れに身を任せて
、この季節を乗り切るしかないと気がつくからだ。 こうなれば週末でも、一日に一つだけ課題(トイレ掃除や床掃除)を課し、それを終わらせたら、もうソファに座って一日動かなくてもいいと自分に言い聞かせている。 この無気力感の中、結果が出やすい掃除の一つでもすると自分が全くの役立たずではないと思えるし、そこから少しずつ気力も戻ってくる。 こうして、この季節を毎年乗り切っていく。