・・・それぞれの立場で・・・ | ※※  be in bloom  ※※

※※  be in bloom  ※※

ゆっくり歩くと・・・
道端の、小さな小さな花たちが・・・
キラキラと笑いかけてくれるから・・・

先日書いた記事・・・今も「疑問」のまま心の中で止まっています。


そうしたら、
こんな記事を今見つけました。

この記事に、「やなせたかし」さんのコメントがあります。



">やなせ:「アンパンマン」を創作する際の僕の強い動機が、「正義とはなにか」ということです。正義とは実は簡単なことなのです。困っている人を助けること。ひもじい思いをしている人に、パンの一切れを差し出す行為を「正義」と呼ぶのです。なにも相手の国にミサイルを撃ち込んだり、国家を転覆させようと大きなことを企てる必要はありません。アメリカにはアメリカの“正義”があり、フセインにはフセインの“正義”がある。アラブにも、イスラエルにもお互いの“正義”がある。つまりこれらの“正義”は立場によって変わる。でも困っている人、飢えている人に食べ物を差し出す行為は、立場が変わっても国が違っても「正しいこと」には変わりません。絶対的な正義なのです。

やなせ:うん。だから正義って相手を倒すことじゃないんですよ。アンパンマンもバイキンマンを殺したりしないでしょ。だってバイキンマンにはバイキンマンなりの正義を持っているかも知れないから。それに正義って、普通の人が行うものなんです。政治家みたいな偉い人や強い人だけが行うものではない。普通の人が目の前で溺れる子どもを見て思わず助けるために河に飛び込んでしまうような行為をいうのです。ただし普通の人なので、助けに行って自分が代わりに溺れ死んでしまうかも知れない。それでも助けざるを得ない。




「正義」と「殺害」は並列で語られるものでは無い・・・
並列で語ったオバマ大統領の言葉に、未だに違和感を感じています。

悪人であっても、「命」が消えた事に対して、
自分の大切な「命」が消えて悲しい思いをした人々が喜び賑わっている姿は、やはり違和感を感じます。




だからと言って、
「普通の人が目の前で溺れる子どもを見て思わず助けるために河に飛び込んでしまうような行為をいうのです。ただし普通の人なので、助けに行って自分が代わりに溺れ死んでしまうかも知れない。それでも助けざるを得ない。」
犠牲を美徳とするつもりも無いし、
根性論や耐え忍ぶ事が美徳とするつもりも無い。

でも、
それが必要な場合もあるし、
そうしてくれる人のおかげで、今がある事の事実を忘れてはならないと思うのです。

耐え忍ぶ事を全否定して、
人々を不安にさらし、泣きわめき、パニック状態に陥り、
人々が不安と恐怖から争いを招き始める事は、地獄絵図の様なものではないでしょうか。

やはり、
全てはバランスだと思うのです。
そして、
相手を思う気持ちだと思うのです。



そうすれば、
相手の正義も理解が出来、自分の正義の説明も出来、
その二つの・・・あるいは三つの正義のバランスの良いポイントがあるはず。。。

そうすれば、
今の日本・世界の現状の
困難に対処する為の取るべき行動のタイミングや度合いのバランスが取れるはず。。。