昔見たドキュメンタリー | Southern Hospitality

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A-townでの日々の事、思いなど気まぐれで書いてます。
2016年2月~乳がん日記もテーマ・ピンクリボンにて加わりました。

アメリカに来たての頃はテレビを観るのが好きで、特にPBSチャンネルをよく観てました。

パブリック・ブロードキャスティング・サービス(かな?)の略で、番組が全て寄付に寄って作られています。

例えば、ビル・ゲイツ夫婦の財団だとか、ロックフェラー財団、キャノンやなんかの法人からや個人からの寄付もあります。


その中で好きだったのが、「フロントライン」と「インデペンデント・レンズ」という番組で、どちらもドキュメンタリーのショートフィルムを紹介している番組です。


それのインデペンデント・レンズの方で放送されたのだったと思うんですが、ベトナム人と関わるようになってから、「ああ、思えば、昔、こういうの見たな。」と思い出したので少し書きます。


もう10年以上前に観たのなので、細かい所はうろ覚えなんですが。



ベトナム戦争が終わった時に、ベトナムから赤ちゃんがたくさんアメリカの家庭に引き取られたんですね。

混乱していて、貧しくて赤ちゃんを育てられない環境の親がアダプトに出したという感じで。


それで、この話はそうやってベトナムから赤ちゃんの頃、アメリカに渡ってアメリカ人家庭の中で育ったベトナム人女性が主人公です。


番組はその女性本人の語りで進行していきます。

成り行きとか、自分の気持ちを語りながら。


ベトナム戦争が終わったのが1975年なので、その主人公の人は私くらいの年の女性だと思います。


それで、平穏にアメリカで育って、大人になって、アメリカ人の男性と結婚して、赤ちゃんが出来ました。


その人の旦那さんはアーミーの人で、確か中西部じゃなかったかと思うんですが、そういうアーミーの家族向けの住宅が集まっている所にその人は住んでいました。

専業主婦で、赤ちゃんと自宅横の芝生の所でのんびりとしているところから、話が始まったと思います。


自分に子供が出来てから、


「自分の産みの母親が、幼い赤ちゃんであった自分を手放さなくてはいけなかったのは母親にとってはとても悲しい事で、自分では自分の赤ちゃんを手放す事なんて考えられない、今でも自分自身が子供の幸せを願うように、自分の子供(主人公本人)の幸せを願っているはずだ。」


と思い始めて、


「自分がずっと愛情深くアメリカの両親に大事に育てられて、今は結婚して、子供もいて、幸せにやっているという事をベトナムの産みの母親に教えてあげたい。そして産んでくれてありがとう、悲しい決断だったと思うけれども、それは自分の幸せを願ってしてくれた決断のはず、アメリカに渡らせてくれてありがとうと伝えたい。」


という気持ちになっていきます。


それで、まず、自分の旦那、そしてアメリカの両親にその気持ちを話して、実母に会いたいと言う話をします。

みんな理解してくれて、じゃあベトナムに会いに行って来たらいいよニコニコ


となって、どうやって探し出したのか忘れましたが、ベトナム在住の母親の居場所を探し出して、航空券を買って、ベトナムに行く事になりました。


スーツケースにお土産をたくさん買い込んで、通訳も付いていました。


で、着いた母親の家と言うのは、長屋のような所で、一部屋しかないような平屋で、その一部屋も電気があるのかないのか分からないような暗い8畳間くらいの家でした。


そこに、母親の他に親類の人なんかがたくさん集まっていて、近所の人もたくさん見に来ていました。

で、フツーに「親子の感動の再会しょぼん」のような感じになります。

泣いて抱き合ったり、アメリカに残してきた子供や旦那や、自分を育ててくれた両親や、兄弟などの写真を見せたりしていました。


で、その後なんですが。。。


どんどん彼女に対するタカリのような感じになっていくんですね。

お金お金を都合してくれ、、という話が自分とは会って間もない、彼らの言うところの彼女の身内が次々と。


で、彼女はどんどんとブルーダウンになっていくわけです。

「こんなんじゃないはず(_ _。)」みたいな。


で、自分の住んでいるアメリカとの生活環境の違いにも結構、最初のうちから彼女的にはショッキングな感じで。


もう初めて母親の家に向かう道中から、

「うわっあせる なにココ!? ほんと、住所あってる~!? え、まだ先なのはてなマーク え、これがうちなのはてなマーク えーーーービックリマーク マジ~~ 叫び

って感じの顔してました。


彼女はホテルに滞在していて、毎日、そのお母さんの家に通っていました。


そして彼女は滞在期間を終えて、アメリカに帰ってきます 飛行機


その後もまだ手紙だとか、電話で、ああしてくれ、こうしてくれ、お金を送ってくれだとかというのが続きます。


それで、彼女は嫌になって、

もうあの人達は自分の家族でもなんでもないビックリマーク

自分の家族はアメリカに居る家族のみビックリマーク

ベトナムにはもう行かないビックリマーク


と決めて、その会いに行った家族の事は闇に葬るような感じの事を最後に言っていました。



ざーっと書くと、そういうお話でした。



その頃は私はまだ結婚する前で、子供もいなかったし、ベトナム人とも会った事もなかったので、単なるドキュメンタリーの一つとして「ふ~ん。へぇ~。」

って感じで見てましたが、もし今また見れるとなると、また違った感じで見れると思います。

子供も居るし、ベトナム人やベトナム事情の事も前よりかは分かるので。


より深く、主人公の彼女に共感出来ると思います。