ちび子の日本語 | Southern Hospitality

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A-townでの日々の事、思いなど気まぐれで書いてます。
2016年2月~乳がん日記もテーマ・ピンクリボンにて加わりました。

ちび子が生まれてから、ずっと私はちび子には日本語で話すようにしているんで、プリスクールに入るまではお互いにほぼ日本語で話していました。


それが、プリスクールが始まって英語社会にちび子が出て行ってからは、段々と私だけが日本語で喋って、ちび子から返って来るのは英語という風になっていきました。


最初はちび子はプリスクールでも日本語で喋っていたそうで、その事で担任の先生から電話があった事もありました。

別に悪い事とかと言うのではなくて、


「ちび子が喋っている言葉は何語を喋っているのか?」


という風な電話でしたけど。

で、そのまま日本語学習も伸ばすのを薦められたという感じでしたが。


ちび子にとっては、初めて、ママ以外の人には日本語が通じないんだひらめき電球と分かった時でした。



今でも日本語は理解は出来るんですが、話せないのになってきていると思うんです。

段々、それが幼稚園に入ってからそういう風になってきているので、去年、日本に帰った時も、みんなが日本語で言っている事は理解出来るけども、英語で返していました。


もちろん、私の家族も友達も英語が出来ない人が殆どなので、ちび子が何を言っているのかちんぷんかんぷんです。


親戚の子や私の友達で英語を習っている人がいるので、英語同士で会話するという事もしていましたが、やっぱり日本で英語を習っている子とはあんまり英語の会話が続きませんでした。


ちび子の英語が理解出来ないらしいです。

スラングとまでは行かないですけど、アメリカの子供同士でしか分からないような子供用語も子供達は使いますしね。

そういうのは日本での英語レッスンではもちろん習わないですから。

あと、発音が習ったのと違うというので聞き取れないようです。


それで私の母親なんかは、私が日本の友達と飲みに出たりする時に、ちび子の子守を頼んだりした時にはちび子が何を言っているのか分からないので、途方に暮れてしまうわけです。


それでも帰り頃に近づくうちに、段々と日本語を喋るようになってきます。

その頃にはもうアメリカに帰ってきてしまうので、また忘れてしまいます。


日本滞在時はちび子は私の母と過ごしている事が多いので、ちょっとおばさん口調みたいな日本語ですが汗


「あ、そうそう。」

「ちょっと、」「あんまり」

「いらっしゃいませ。」「ありがとうございましたー。」

(実家はお店をしているので)


などなどですが。


それで昨日、ちび子に日本語を言ってみて、と言うと、


「コンニチワ」と外国人風に言いました。


他には?

と聞いたら、


「コモエスタ~音譜」と1から10までスペイン語で流暢に言えました。

私よりも上手ですが汗


でも日本語でないですし汗


なので、ちょっと日本語学習を強化しないといけないビックリマークと思ったわけです。


今はユーチューブとかで何でもありますから、そういう日本の子供向けの番組なんかを使って、日本語をもっと覚えさせようと思っています。


せめて、英語と日本語のバイリンガルになって欲しいと思っています。


出来れば、それプラス、中国語かスペイン語が出来て3ヶ国語操れるようになってくれたらいいのになぁと思います。

まぁ、とりあえずは日本語ですけど。



彼の甥っ子のテリー君もこちら生まれ、こちら育ちのベトナミーズアメリカンですけども、ベトナム人家族に囲まれて育ってますが、ベトナム語は喋れないそうです。

理解は出来るんですが。


なので、彼とテリー君とは英語で喋ってますね。

彼のお母さんや二人居る妹さんの下の人は英語が全く理解出来ないので、そういう家族と意思通じが出来ないのは困ると思うんですけども。


ちび子も今のままでは私の日本の家族とはそんな風になってしまいますしね。



それと、プリスクールの頃はそうでもなかったんですが、幼稚園に入ってから南部訛りが目立つようになってきました 目

サウザンアクセント音譜ですが。


幼稚園の一番最初に担任だった、白人女性のハンコック先生というのがコテコテ南部訛りでしたし。

彼女の影響が一番強い気がしますね。

のちにマーチン先生という、南部訛りではない、多分、東海岸出身ぽい白人女性に変わったんですが。


プリスクール時代の担任の白人男性のベテラン先生である、ウィル先生も南部の人っぽくなかったですね。

その人も北東部出身という感じでした。


確か、最初にウィル先生のプロフィールが書いてある、保護者宛のお便りのようなのにそう書いてあったと思います。


その先生は素晴らしくいい先生でした。

ちび子も大好きでした。

あんないい先生がちび子が初めて社会に出て最初に出会った先生ですごく幸せに思います合格


その先生のアシスタントティーチャーはドラ先生というメキシカンの女性でしたし、南部訛りではありませんでした。


私の感覚ですと、南部出身の人というのは、言葉だけでなくて、何となく、洋服とか全体の雰囲気に「南部風味」が出ている気がします。

なんか、違うんですね。

上手く言葉では言えないですが。

別にそれが悪いとか良いとかという事ではないです。


なのでちび子の南部訛りは学校の先生の影響じゃないかと思いますが。

特に年配の先生が南部訛りが強いです。ちび子の学校の場合。


まぁ、ちび子はアトランタ生まれのアトランタ育ちになるので、南部訛りで当たり前と言えば、当たり前かもしれないですけど。


私はもちろん日本生まれで日本育ちですし、ダダは東海岸のボルチモア生まれなのでうちでは誰も南部訛りで喋っていないですし。


あんな小さいのが南部訛りの英語を喋っているのもちょっとカワイイヒヨコと思ったりしてしまいますが。

まだコテコテという感じではなく、所々「あ、また出た。」という感じです。