土日は母と親子旅。母が子供の頃住んでいた岡山県児島琴浦へ。
瀬戸内海に面した、児島でも端の方にある小さな港町。
海岸沿いに道路が走っていて、防波堤の下は砂浜が続いている。
もう60年以上も前の話です。
ずっと連れてってあげたいと思っていて、なかなか機会がなかった。
まだ何となくわかる内に、連れて行くことができて、良かった。
ここは違うなー
この岩を通りかかったとき
「この岩でよく遊んだ」
と母。
ぜんぜん覚えてない感じだったから、反応にビックリ。
そういえば昔、姉弟みんなで大きな岩から海に飛び込んだりして遊んだと聞いたことがある!
防波堤を作り、道路を作って景色が変わってしまっても
この岩は残っていた
岩の下にある、板のような岩盤も覚えていて
岩に生えている木も、当時からあったらしい
どんどん記憶が蘇る
そう思って車を走らせていると
古いお寺が目に入りました
この標石は半分埋もれています。
かなり地面をかさ上げしたようです。
そういえばこれも昔
まりつきをする平らな場所がなくて
お寺の境内に一箇所だけコンクリートを打った場所があって
そこが平らだったので
何度も何度もまりつきをした
そんな話を聞いたことがあるな…
それを思い出して引き返し
お寺を訪ねてみることに。
何か思い出すかも知れない…
寺の前で座っていたおばあさんとお孫さん達。
ぜんぜん覚えてないと言っていたのに
「久しぶりに来たんです」
と母。
ええっ、やっぱりここなのかな…
おばあさんに訊ねると
この辺りに寺はここぐらい、とのこと。
児島八十八ヶ所霊場、十九番札所らいこう庵
という名前が正式名称なんですね。
「そこで間違いない!」
「その寺のすぐ下にボロボロの建物があって、そこに住んでいた」
とのこと!
ここだったんだ
すごい…
寺の周辺。
祖父は徴兵され満州へ。
終戦間近、空襲もひどくなり
家族は疎開することになった
親戚の家の横にある、ボロボロの倉庫のような建物に
祖母と姉弟9人が身を寄せて暮らした。
やがて戦争は終わったが
祖父はソ連軍の捕虜になりシベリアへ
もう食べるものもなく、限界だった
そんな時、祖父がシベリアから帰還。
一家心中を免れた。
母は小さかったので、あまり覚えていないとか
寺の裏手へ
ここから裏山の王子が岳へ登ることが出来そうです
山道になっていました
お正月やお花見の季節になると
ここからたくさんの人が王子が岳に登っていって
その人たちに色々な振る舞いをしたり
その手伝いなどをする事があって楽しかったと
昔聞いたことがあります。
子供の頃見た景色は
こんな感じだったのかな
クジラのような島が見えます
子供の頃、あそこまで泳いで渡ったそうです
けっこう遠いよ
すごいな…
クジラのような島の向こうに瀬戸大橋が見えます。
当時はもちろん無かった
寺の前の防波堤に登って撮影。
ここで毎日泳いだりしてたんだろうか
オニギリみたいに、三角の島も。
せっかくなので、王子が岳へ。
車で上がることができました。
四国の山並みも見えます
帰りにきびだんごを買って帰りました
























