三島由紀夫「金閣寺」感想と村上春樹との比較 | Tiny Spoon タイニースプーンの秘密基地

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最近は村上春樹の読書会にいっている事もあって

村上春樹しか読んでいない、偏った読書をしている私(笑)

なので、まずは春樹と三島の作品について自分の中での比較。

 

 《三島作品と春樹作品の陰鬱さの違い》

 

三島も春樹も陰鬱な気持ちになりますが、春樹はフィーリングで、ともすればロマンチックな憂鬱なのに対して、三島は人の内面に訴えかけてくる。ひとつひとつを考えたり自己分析させられて(例えば主人公の劣等感や弱さを自分に当てはめて考えてしまったり)それがひどく気分を暗くさせる。

どちらも厄介だけど、春樹は読み終わればいつもの自分に戻るのに対して、三島の場合は自己分析してしまっているためにその自己の陰鬱な内面が浸透してしまって、元の自分ではなくなってしまう。

ほら、こんな事をツラツラ書いている時点でもう違う自分になっている (自己分析というのは、良くない)

 

 

 《金閣寺の感想》

 

・母親の「偉くなって欲しい」という願望と自己のギャップ

 ・自分を後継にするつもりはない、と言った老師への怨念

 ・金閣への純粋かつ歪んだ美意識

これらが主人公を犯行へと駆り立てる、そこに引き込まれるわけですが、ただ事実ばかりを並べるのではなくて、そこに三島由紀夫の表現の巧みさがあると思います。

 巻末の解説にこんな事が書いてありました。「三島はポエジーを告白と同じ意味で使っている」

元来ある事件に対する告白、という形をとることで、作品が詩的なものになっていく…

事件の筋だけを書けばあっという間に終わってしまう話だけれど、主人公の金閣への異常な美意識をここまで詩的に書いたからこそ、金閣に放火したことがこれだけの物語に昇華したと思います。