改めて自己紹介を書いてみようと思います。

 

私の人生の記憶で、

土台になっているのは小学生の頃。

 

仲の良い女の子に対して

「早く帰ろう」すら言えなかったあの頃。

相手に合わせて本音が言えない。

本当はもう帰りたいのにダラダラと遊ぶ。

あの頃私は弱かったのか?

 

そんな日々を数年過ごして、

あるとき私は吹っ切れる。

 

「もう一人で生きていく」

 

そうして、朝は一人で学校に行き

学校が終われば一人で家まで帰ってくる。

特に誰とも仲良くしない。

 

友達はいらないと思った。

 

実際に、小学校を卒業するとき、

たぶんちゃんと友達と呼べるような人は

一人もいなかった。

 

それで良いと思っていた。

 

 

でも、卒業式が終わって。

春の公園でふと、

「ああ、友達がいないのって寂しいな」と

思ったことを今でも覚えている。

 

公園には一人で行ったわけではなくて

クラスの大多数が一緒にいて

みんなで「じゃあね」って別れるとき

 

「ああ、こんなにクラスメイトがいっぱいいるのに

本当に別れが惜しいと思える人がいないな」と

思ったとき

 

私は寂しいと思った。

 

 

いや、それまでずっと寂しかったのかもしれないけど、

そのとき初めて自分の気持ちにちゃんと気づいたのかもしれない。

 

 

だから私は中学校に入ったとき、

「自分の言いたいことをちゃんと言って、

それでも仲良くいられる友達を作る」

という目標を立てた。

 

そこから私の「コミュニケーション」をめぐる旅が始まった。

 

 

中学校と高校は女子校だったこともあり、

皆同じ性の中で、

「いかに個性と向き合うか」

「どこに自分らしさを見つけるか」

というアイデンティティー構築の時間を過ごした。

 

今の私の価値観の多くはこの時期に生まれたと思う。

 

中高生らしく、怖いものがあまりなかった。

 

友達と本気でぶつかって、

言いたいことを言って、

みんなで泣いたり叫んだりして、

そういう暑苦しくて恥ずかしい青春をちゃんと過ごした。

 

そしてそれがすごく、楽しかった。

 

言いたいことを言っても、

友達ってできるんだと思った。

 

いや、言いたいことを言うからこそ

友達はできるのだろう。

 

 

そんな折、私はたまたま「心理学」という学問が

あることを知る。

 

本を開いてびっくりした。

小さな頃から、私が考えていたその先の答えのようなものが

本にはきちんと記されていたから。

 

世界の中で私しか考えていないんじゃないかって(大げさ^^)

そんな風に感じていたような悩みとか解決法が

ちゃんと学問としてこの世に存在していて、

図書館の中で待っていたなんて、私は知らなかった。

 

そのとき、すごく安心したことを覚えている。

 

仲間はいっぱいいたんだ、という感覚になった。

 

会ったことはない心理学者たち、

見たこともない本の著者たちだけど、

きっと私と同じようなことを悩み、考え、

そして、先人たちはそれにちゃんと答えを出してくれていた。

 

私が思いついて、うっすら考えていたようなことも、

体系立てて説明されて、用語として載っているのを見たとき

私が進むべき道はこっちだと思えた。

 

そうして、大学は心理学部に進学した。

 

心理学の勉強は楽しかった。

大学の図書館には、今まで見たことがないような

専門的な本もたくさんあって、

もちろん全然読み切れなかったけれど、

放課後にいつまでも本を読んでいていい自由があった。

 

 

それで、大学卒業後の進路を考えるときに

大学院に進学して臨床心理士に

なることも検討していた。

 

でも、なんだかしっくりこなかったのは、

せっかく学んだ心理学を、広く一般社会の中で使いたかったからだ。

 

臨床の世界はどうしても狭い世界に思えた。

(本当は違うかもしれないけれど、当時の私にはそう思えた。)

 

そうして、大学院進学はせず、就職をした。

 

もっとも、

早く「大人」になりたかった、

「自分で稼いで自立」したかった、

という気持ちも大きかったように思う。

 

 

小学生より中学生

中学生より高校生

高校生より大学生

 

成長するにつれ、「自由と責任」が大きくなっていけばいくほど、

私は「楽しい」と感じていたからだ。

 

社会人になれば、

一気に大きな責任が課せられる反面、

大きな自由が手に入ると思っていた。

 

快適すぎる実家を出たかった、というのもある。

 

 

就職してから私は、

2度の転職を経て、今の会社で働いている。

いくつかの部屋で一人暮らしをして、

想像していた以上の「自由と責任」を手に入れた。

 

学生時代には戻れない、と思うほど

私には社会人が合っていた。

 

自分の自由で、好きな仕事をし好きな場所に住み

いつだって、それを変えていい、という自由が私を支えている。

 

社会人になってからは好きな本を好きなだけ買える余裕も出てきて、

気になる本はひたすらに読んでいる。

 

そこで出会ったのが、哲学である。

私の感覚から言うと、心理学のさらに奥というか、

もっと土台の、ベースになっている、「生きるための考え方」が哲学である。

 

これも、心理学に出会ったときと同じくらい、びっくりした。

「ああ、これも先人がいたのか・・・」とほっとした。

 

自分だけが、こんなことをこねくり回して考えている面倒な人間だと思っていたから。

 

これもちゃんと学問になっているんだと知ったとき、

直接会うことがないだけで、世界には仲間がいるんだと感じた。

 

 

ここまでの自己紹介において、

私の恋愛については一切触れてこなかったのだけど、

私が結婚したい、と初めて明確に思ったのは小学校の「生活」の授業のときだ。

 

そこでは「家族」について解説がされていて、

先生によると「家族」には2種類ある、という話だった。

 

「自分が生まれ育った家族」と「自分が作っていく家族」だ。

 

そのとき私には、後者の「自分が作っていく家族」の方が尊いように思えた。

 

別々の人生を歩んできた人と人がどこかで出会い「家族になりましょう」と思えるなんて、

それはどんな心持ちなんだ、と不思議だった。

 

そんなの、奇跡じゃないかとすら思えた。

 

でも、世の中には結婚している人がいっぱいいて、

そんな奇跡が溢れている人がいることも知っていた。

 

将来誰かが私と「家族になりたい」と思ってくれる、

そんな風に思われたら、どんなに幸せなことだろうと想像した。

 

でも同時にきっと、すごく難しいことなんだろうとも思ったから、

 

だから。

私は女子校だった中高生を終え、共学の大学に進んだときから

恋愛について、真剣に取り組もうと思っていた。

 

これは、大学での心理学の勉強と同じくらい、

いやひょっとするとそれ以上に、私の人生にとって大事なことだと感じていた。

 

 

こんな風に私は、おそらく世間一般の人が思っているような

「大人になれば自然と結婚できるだろう」みたいな温度感をはるかに超える熱意をもって、

 

「結婚すること」に向き合ってきた。

 

恋愛はそれはそれはもう、

私の中では最も難しいコミュニケーションの一つである。

 

心理学を多少学んだからって、華麗にこなせるようなものではない。

 

だけど、難しいからこそ、素晴らしいと思ったし、

だからこそ、そこに価値を感じて、私の人生にとっては重要なものだった。

 

 

 

そうして出会ったのが、マッチングアプリである。

 

これは、恋愛の可能性を広く広く、どこまでも広げてくれる魔法のアイテムだった。

 

ドラえもんのポケットから出てきたのでは、と私には思えるくらい、

すごいものだと感じている。

 

今まで、基本的には自分のコミュニティの範囲内でしか生まれえなかった恋愛が、

際限なく、どこまでも行っていい、と許可されているのだ。

 

そう、私の好きな「自由と責任」である。

 

このマッチングアプリによって私は今の夫さんと出会い、結婚した。

 

 

 

だから、マッチングアプリを初めとした「婚活」という出会いの仕組みを

私は愛している。

 

自分の人生の可能性の範囲を、大きく広げられる魔法のアイテムが今の世の中にはいっぱいあるのだ。

 

それを伝えたいと思ってブログとTwitterをやっている。

 

 

 

「自由と責任」はいつだって、大変だ。

 

誰のせいにもできないし、怖いし、辛い。

 

だけど、とんでもないほどの幸せが眠っているのだ。

 

 

自分で行動して、見つけたからこその喜び、

自分で考えて、確信したからこその納得感、

自分で迷って、勇気をだしたからこその貴重さ、

 

そういったものを誰もが手に入れられる世界だと思っているから。

 

 

そんなことを思って、日々何かを書くこの頃。

 

 

以上、私の長すぎる自己紹介でした。

 

 

てぃんくす