2024年2月。

昼過ぎの某カフェの店内。


私の目の前にいる少女は、

胸を大きく上下させ、

苦しそうな息遣いで、


口を固く結び、

目に涙をためながら、

鋭い眼差しでまっすぐ私だけを見ている。


 今日初めてで出会ったはずの、

彼女の口から出た言葉は、

思いもよらない言葉だった。



 2023年8月。

北海道から上京してきた私は、

友達探しに苦戦していた。


演劇、歌、ダンス。

気になるジャンルの

サークルは一通り体験してみたが、

どれもしっくりこなかった。

何かが違う。


今月中に、なんとか自分が

好きだと言える居場所を見つけたい。

仕事が始まる前に、

居場所が絶対に欲しい。


冷房の効いた6畳の部屋で、

布団に寝転がりながら、

藁にもすがる思いで、

今日もスクリーンの上を指でなぞらせる。


「趣味が違っても、人数の多いサークルに行けば、誰か、気が合う人がいるかもしれない。」

そう思って、

散歩サークルの申し込みボタンを押した。


思えばこの思考が全てを

ダメにしてしまったのだと思う。


8月某日19:00。

20人以上の若い男女が、

公園には、集まっていた。


全員集まったあと、

軽く自己紹介をして、

街を歩くことになった。


高層ビルや商店街が

目の前を通り過ぎていく。


建物の明かりが、

人々の姿をはっきりと映し出し、

顔がよく見える。


散歩もたまには良いな。

そう思っていると、

後ろを歩いていた同じサークルの

参加者の1人に、声をかけられた。


「ねぇ、うちのワークショップに来ない?」

楽しそうに微笑みながら、

そう私に問いかけるのは、

20代後半の、童顔の女性。


淡い色の涼しげな触感のワンピースが、

彼女の動きに合わせて揺れる。


「どんなことするんですか?」

「テーマに沿って楽しく会話をするんだよ。

中身のある雑談ができるから、面白いよ。」


面白そう。

人と話すのは好きだ。

会話をするなら、

共通点が生まれて、

知り合いが出来るかもしれない。


高まる期待に胸が膨らむのを感じる。

「行きます!」



開催日当日。

朝9:00。


眠くて力の入らない手で

重い会議室の扉を

押し開けた。


扉が開いたことに気づいて、

1人の男性が後ろを振り返った。


「あなたが稚奈子さんですね。」


黒髪のマッシュ。

骨格は細くて華奢だが、

知的で落ち着いた雰囲気である。

口元は柔らかな微笑みを浮かべている。


「友達が作りたくて来ました。

大学生です。」


「えぇ、そうなんですか!

大学生で、僕のワークショップに

来る人はほとんどいないから、

嬉しいです!!」


さっきの知的な雰囲気とは一変、

おもちゃを見る好奇心旺盛な

子供のようにキラキラした目で、

私を見た。


すごく顔に表情が出る人だな。

話しやすそうだなと思った。


全員集まったところで、

自己紹介が始まった。


リーダーは慶応大学卒業した

32歳の男性で、

今はフリーランスで活動をしている

との事だった。


「僕、どこでも働けちゃうので、

よく海外とかにも行くんですよね。」


へー、そんな生き方ができたら、幸せだろうな。


そんなふうに思っている間に、

自己紹介が終わり、

テーマに沿って雑談をする時間になった。


「今までで1番後悔したこと」

「今までで1番勇気を出したこと」


などのテーマをこの日は話した。


「稚奈子さんすごい!!!」

「大学生なのにそんなに考えてて、

色々挑戦してて偉いね!!!」


あぁ、ここには、

自分の話を聞いてくれる人がいる。


慶応大の凄い人が自分を認めてくれる。

こんなに自尊心が上がる場所ない。

絶対にここが自分のいるべき場所だ。


そう感じた私は、

毎週ワークショップに通うことにした。


このワークショップに行くために、

職場の人や、家族、友人からの誘いを

ほとんど全て断った。


ワークショップがない日も、

ワークショップで褒められた時の

ことを思い出してにやけてしまうくらい、


私はもうワークショップ

以外のことを考えられなくなっていた。


ある日。


「稚奈子さんも、うちのセミナーに来る?」

「成功者としての考え方を教えてあげるよ。」

と言われ、セミナーにも通うようになった。


セミナーはワークショップと違い、

2時間みっちりお勉強会だ。


成功者になるための知識や考え方を、

リーダーが作った動画やスライドを見て、

ノートにまとめる。


セミナーに参加してるうちに、

参加者との仲も深まっていった。


6畳の部屋には大きい本棚を買い、

リーダーから

おすすめされた自己啓発本を

大量に買った。


その本を読む時間のために、

友人や知人からの誘いを断った。


普段ならきっと、誘われたら

行ってただろう。


でも、今の私は違う。


会いたい人と会う時間を削ってでも、

苦しい思いをして努力をすることで、

私は成功者になれるんだ。

一緒に仲間と海外を回るんだ。


ところが、この気持ちは、

長く続かなかった。


2023年12月。


ある日、

突然ワークショップにもセミナーにも

行けなくなった。


最近、なんだか、心が死んでいるような

感じがする。

本当にセミナーで言われてるような成功者になりたいのだろうか。


最近全然会いたい人と会話もしていない。

そもそも私は、どんな人に会いたいんだっけ。


少し、今後のことを

自分だけで考えたいと思った。


ワークショップやセミナーには、

行きたくなるまでは行かない。


成功と関係なく、

自分の好きなことをやろう。

そう思い、

パラグライダーを人生初挑戦した。


2024年 2月

行かなくなって2ヶ月が経ったある日、

就活についての情報を探したい

と思い、ワークショップ行くことにした。


2ヶ月も間が空いてしまって、

どんな顔されるんだろう

そう思いながら、


目の前にそびえ立つ重い扉を、

できるだけ扉の音を立てないように、

ゆっくりと開ける。


「久しぶりだね!」

リーダーの声。


あぁ、久しぶりに参加しても、

全く悪い顔しないでいてくれた。

いつでも帰ってきていいんだ。


「初めまして!」

童顔の少女が微笑むと、

耳のハート型にピアスも揺れた。

焼けたパンのような色の髪を

後ろでひとつに綺麗に束ねている。


いない間に、

新しい参加者も増えているんだな。


やっぱりすごい組織だ。

私も、成功者としての勉強を再開したいな。


来週からまた行こうかな。


雑談が昼前に終わったため、

仲間と一緒にカフェに向かうことになった。


壁1面には、新商品のコーヒーのポスター。

カウンターに目をやると、店内はちょうど人の入れ替わりの時間帯のようで、若い店員が何人かで忙しく動いているようだった。


店内では、パソコンで作業をしている人がいたり、静かに会話を楽しんだりしている。


「美味しかったー。

じゃあ、僕達は先に帰りますね。」


私はカフェに残って仕事に必要な

資格の勉強をしようと思い、

テキストを机に広げた。


そんな時だ。

彼女が来たのは。


仲間たちと一緒にカフェを

出ていったはずの少女が、

慌てて走って、戻ってきた。


ハートのピアスが

かすかに揺れている。


目には涙をうかべ、

胸を大きく上下させ、

苦しそうな息遣いで、


口を固く結び、

鋭い眼差しでまっすぐ私だけを見ている。


彼女の身に何があったのか。

ただならぬ雰囲気を感じた私は、

「大丈夫ですか?」

と困惑しながら尋ねた。


今日初めてで出会ったはずの、

彼女の口から出た言葉は、

思いもよらない言葉だった。


「この集団、危ないです。
マルチだと思います。」

「…え??」

次回に続く
(いつの投稿になるかは人生次第)