まずはじめにご報告。
昨日の朝5時過ぎに無事横浜に帰ってきました。
皆さま、たくさんの応援とご心配いただき
ありがとうございました。
現地の人に会い、思い出に触れ
本当にたくさんのことを感じました。
長くなると思いますが
最後まで読んでいただければと思います。
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23日(土)
午後に県のセンターで事前研修を受けて各自夕食。
温かい食べモノは帰ってくるまで食べられないと思って
気になっていたラーメン屋さんに。
入店すると目に入ったのは
「当店は陸前高田市に炊き出しに行って来ました」的な張り紙。
あぁ、これから私が行くところに行って来たんだ。
現地の人も、同じ味を味わったんだなぁ・・・としみじみしてしまいました。
集合時間になり、バスで出発。
雨と風が強く、現地も予報は夜から翌日にかけて大雨。
明日に雨がやんでくれればいいけど…。
車内で説明や自己紹介をし、
人見知りな私だけど、隣りに座った同年代の男性と
いろいろお話をしました。
彼は新潟の震災からボランティアをしていて
今回も震災後すぐに一度現地に出向き
テント生活をしながら炊き出しなどをやっていたそうです。
今回のように、県が用意してくれたバスではなく
個人で仲間と物資を積んでの行動力に
ボランティアが初めての私は
ただただ尊敬でした。
道中、2時間に1回サービスエリアで休憩です。
時間は15分程度、一服とトイレぐらいしかできません。
車内での水分補給も控えました。
現地ではライフラインが復旧していないところもあるので
トイレがない、あっても水が使えない、使えても使用限度があるなど
当たり前のことが当たり前じゃないのが現状です。
ティッシュがあって、水が流れて、
蛇口をひねれば水が出るなんて考えはこの時からリセットしました。
朝には現地をこの目で見ることになるんだと思うと
どんどん不安になるんだけど
何度かサービスエリアで休憩後
明日の作業のことも考え、仮眠することにしました。
24日(日)
午前5時ごろだったか
目が覚めたのは岩手県花巻市東和の道の駅。
そこから遠野のボランティアセンターへ。
徐々に明るくなってきて、街並みも見え始めました。
遠野のあたりは被害も少なく
何も変わらない風景に見えましたが
最初に目に入ったのが横断幕。
「救援ありがとうございました」
近くには自衛隊の活動拠点があるのですが
懸命な救援行動に対しての感謝でしょうか。
現に6時ごろ、何台もの自衛隊車両が
拠点から走って行きました。
…震災被害はまだ終わってないのに
地元の人の感謝の気持ちに切なくなりました。
遠野はあまり被害がなかったことから
陸前高田や大船渡など、甚大な被害を受けている場所へ
経済的な支援をする地域だそうです。
なので私達も急きょ遠野のコンビニで買い物をしました。
ここでお金を落とせば、岩手内での支援に繋がります。
どうか、遠野に行かれる方は
ぜひ買い物や食事をして支援して頂ければと思います。
ボランティアセンターで
ちょっとした問題が起きたので
近くのドライブインで待機。
前日の大雨で沿岸部はそこかしこにぬかるみがあり
思い出の品を探す作業は困難とのことで
急遽、今まで見つけた思い出の品を仕分けする作業に変更。
沿岸部から少し離れた高台のモビリティパークへ向かいました。
途中、また現地ボランティアセンターから連絡が入り
もう一つの津波被害が大きかった大船渡へも
支援要請がきました。
なので、32人のボランティアを2班に分け
作業に当たることに。
海に近付くにつれ、道のコンディションも悪く
段差が増えて来ました。
そして、右手に川が見えてくると
・・・両岸には瓦礫が見え始めました。
まだ海から大分離れているのに、です。
津波が川を逆流し、5キロ以上離れたところにまで
瓦礫を運んできた現実に恐怖を覚えました。
クルマの通行もあり、日常的な雰囲気だった風景が
徐々に変わってきました。
1階が浸水し、家のものを天日干しする人、
壊れたものを片付けてる人。
進んでいくと、いきなり目の前に現れた風景。
一気に鳥肌が立ち絶句。
あまりにも非現実的な風景に
どんな感情かも説明できません。
ただ涙が溢れるだけでした。
ほんの少しの土地の高さで、
ほとんど被害がない家と跡形もない土地。
この辺はまだ電線があります。
畑があったであろう場所にまとめられた瓦礫。
何もないのではなく、瓦礫だけがある風景。
自衛隊と警察官しか居ない、静かすぎる場所。
まだ不明者を探していました。
これが日本で起きたことなんだと
受け入れるにはしばらく時間がかかりました。
こんなに簡単に町が消えちゃうんだ…
海側にグニャリと曲がったガードレールに
津波の満ち潮より強い引き潮の力を思い知らされます。
自分がここで暮らしてたら、
地震後のこの光景を見てどう思うんだろう…。
正直、津波被害の強烈な風景でショックを受け
心折れそうになりました。
海のそばは強い潮の香りと、時々混ざるヘドロのような臭い。
瓦礫ばかりが残された広い土地を見渡すと
復興なんて軽々しく言えない。
私がボランティアをしたところで
それはどれだけ小さいことなんだろう、
そんな小さなことで復興に向かうなんて言えるか?
自分の存在の小ささに本当に胸が詰まりました。
何の取り柄もなくて
お酒と楽しいことが大好きな
適当なお水ねーちゃんやってる
私に何ができるんだろう?
このボランティアで誰かが
少しでも喜んでくれるのだろうか?
さらに自信も無くしかけた時
途方に暮れるほどのたくさんの瓦礫を
少しずつでも片付ける方々の姿を見て、
ふと我に返り、情けないけど逆に勇気付けられました。
ここで生活して行こうとしている人がいるんだ、
ここで生活していかなければならない人も頑張ってる
私はそれを応援しに来たんじゃん!
やっと本来の思いと、ブログで応援してくれた
皆さんの気持ちを思い出し
こんなに頑張ってる人達に
何か一つでも支えになる思い出を
持ち主に返してあげたい。
何ができる?じゃなく、
「必ず誰かを笑顔にする」
そう思いました。
それでいいんだって。
自分が決めたことだから
当たり前だけどやり通す。
一生懸命できたと言えた時に
きっと誰か一人でも笑ってくれるはず。
そう思えたら、語弊もあるかもしれないし
うまく言えないけど
なんか…晴々しい気持ちになりました。
たった一日の短いボランティアだけど頑張ろう!
そんな気持ちでバスを降り、
陸前高田担当ボランティアと
パーク内の作業場所に向かいました。












