子供をもつ同じ親として、色々考えさせられる事件です。
他人事ではないと思いました。
結論からいうと、子供を見捨て、女性の下へ行く齋藤容疑者の行為自体は到底許されるものではありません。
しかし、こういう事件では上記のような行為の「結果」より、行為に至るまでの「過程」が重要かと思います。
現にシングルファーザーの道を選んだ際は少なからず子育ての志もあったかと思われます。
ただ、子育ては楽しいことばかりではストレスも少なからずかかります。
いやいやいって言うことを聞かないこと
夜泣きをしてなかなか寝ないこと
離乳食を作って食べさせても全然食べてくれないこと
など、考えればいくらでもあります。
巷には、子供を怒る際に「一息つく」とか「10秒間間をおく」など対処法が見受けられます。
しかし…わかっていてもそのことを考える余裕がなく、叱咤してしまうことってないでしょうか?
私は少なからずあります。
ただ、必ず叱咤した後、私自身落ち込みますし、その結果より多くのストレスを抱えてしまうことになってしまいます。
齊藤容疑者も、子供が死ぬ直前の状況を比較的詳細に語ることができるということは、子供を衰弱死させる不安さ、罪悪感もかなり多く感じたことでしょう。
例として子供がなくなる一週間前、「パパ、パパ」と声をかけられ、1時間と持たず家を出たという記事がありますが、本当に子供に気がなかったら、子供の言葉、家を出るまでの時間などそう覚えていられるでしょうか?
死ぬ危険性は重々わかった末、そういう行動しか取れない状況のでしょうか。
この記事を見て、私は涙しましたし、自分を投影して考えもしました。
…もし、私がシングルファーザーだったら…誰にも心の底まで頼ることができず、自己判断の日々が続き、何が正しく何が間違いなのかそんな判断さえ分からなくなるかもしれません。
もし…近所の人が止めてくれたら…もし…児童相談書の方が親密に相談していたら…もし…もし…
そういう中で女性の方に頼ってストレス発散を求めることはそんなに異常なことなのでしょうか?
…もうここまでにしようと思います。
かんがえるだけ、どんどん辛くなってきますから…
最後に一言、子育てで一番大事なのは、困ったときに相談する際、信頼できる人(家内、親、友達)がどれだけいるかに限るかと思います。
つらい・きつい思いを話すだけで…ストレス発散になり解決につながることも多いと思います。