おカタイ感じ?
いつも真面目ですみません…(笑)
まぁ今日も太鼓の話なので、つまらなかったら目をつむって下までスクロールして下さい
さてさて、最近はプーになってプープー
やってる私なんですが、他でもない僕の音楽の師である大作曲家が今、「打楽器を演奏する時の肘の使い方」にはまっておられまして、そりゃあもう顔会わす度に…
「お前まだ肘の使い方出来てへんやろ、だぁからダメなんや
いい音が鳴らんやろ」
と、まぁとにかくはまっておられます
ハマっちゃった理由はですね、今年からMarimbaを頑張ってる僕の同級生のMEN'sがおりまして、なんかの拍子に大作曲家にMarimba叩いてるとこを見て頂いたらしいんですよ。
そこで彼の奏法を見た大作曲家はピーン
とこられたようです
というか言っておられることは素晴らしく的を得ていますね
まぁMarimbaやってる彼は元来動きが滑らかに出来てない方で、クネクネする面白い動きは得意なんですが、しかしまたぎこちない感じのなんとも魅力的な動きの人物であったことはサテオキ、本当は肘という局部的な問題ではないかとも思うんですが、その動きを音にリンクさせる想像力はさすがです
しかしながら、最近僕のプレイなんざ全くと言っていい程ご覧になられていない大作曲家に、まぁいわゆる特殊な動きの彼と僕とを同じ種類のプレイヤーとして扱われたことに些か憤慨しながらも…
何故って
とりあえず一言言っておきますが、全ての楽器を演奏するにあたって、おそらくは身体の一部だけで奏でるということはなく、打楽器も例外ではありません。
足の先から腰、背筋、肩、腕…そうです、身体の大部分をその度合いは違えど必ず使っています
そうして力を身体全体に分散することで、どこか一部に極度の緊張をつくることをさけ、リラックスした最も自然な音が出せる…はず
逆に腕等が必要以上に固くなると痛い音がでます…だいたい。
これは僕の持論で、だから常に背筋や肩、腕全体の事(動きや連携のさせ方)を意識して練習を積んできてますから、まぁなんの裏付け、もしくは昔の僕のプレーのイメージのままで評価されても、それは快くは思わないでしょうねぇ奥さん
まぁしかし、出来てないんだから何言われても仕方ないか
で、話は変わりますが、そんな会話の後図書館で佐渡裕さんの本を読みまして
型にはまり過ぎて、こうでなきゃいけないとか…。割愛
みたいな文章がのっておりまして、最近の自分に当て嵌めたところ、うん、図星
っつーわけで、手が速く回らないといけないとか、左右のフォームが均等でとか、そういった概念を一度ポイしてみました
結局何の為に練習してんの?って考えるまでもなく、純粋に音楽的に美しいと言われる音を出すためと。
ただこの練習台で他の誰にも出せない、素晴らしく美しい音を出来るだけ速く連打しよう!
とか思いながら、太鼓が美しくなる理論にそって叩いてみました
すると
音は綺麗になるわ左右のバランスは整うはフォームは矯正されるわで、そりゃもう
うっひょーっ





てな感じでした
肘の使い方なんてなんのその!
新たな境地へ足を踏み入れた瞬間だったのかもしれません。
~でなきゃいけないという、先入観や、なんでも何かの型に当て嵌めて考えることは、時に自分の可能性を無理矢理押し込めてしまうことに繋がりますね
何かをする為に、自分はこう動く…。基準は誰かが決めた世の中の概念より、自分がどうしたいかに置くべきなのかもしれません。
しかしながら、そんなことに気付けたのも大作曲家の言葉のおかげ…、お礼言わなきゃ
次回は
至高の太鼓!をお届けします
まぁ今日も太鼓の話なので、つまらなかったら目をつむって下までスクロールして下さい

さてさて、最近はプーになってプープー
やってる私なんですが、他でもない僕の音楽の師である大作曲家が今、「打楽器を演奏する時の肘の使い方」にはまっておられまして、そりゃあもう顔会わす度に…「お前まだ肘の使い方出来てへんやろ、だぁからダメなんや
いい音が鳴らんやろ」と、まぁとにかくはまっておられます

ハマっちゃった理由はですね、今年からMarimbaを頑張ってる僕の同級生のMEN'sがおりまして、なんかの拍子に大作曲家にMarimba叩いてるとこを見て頂いたらしいんですよ。
そこで彼の奏法を見た大作曲家はピーン

とこられたようです
というか言っておられることは素晴らしく的を得ていますね

まぁMarimbaやってる彼は元来動きが滑らかに出来てない方で、クネクネする面白い動きは得意なんですが、しかしまたぎこちない感じのなんとも魅力的な動きの人物であったことはサテオキ、本当は肘という局部的な問題ではないかとも思うんですが、その動きを音にリンクさせる想像力はさすがです

しかしながら、最近僕のプレイなんざ全くと言っていい程ご覧になられていない大作曲家に、まぁいわゆる特殊な動きの彼と僕とを同じ種類のプレイヤーとして扱われたことに些か憤慨しながらも…
何故って
とりあえず一言言っておきますが、全ての楽器を演奏するにあたって、おそらくは身体の一部だけで奏でるということはなく、打楽器も例外ではありません。足の先から腰、背筋、肩、腕…そうです、身体の大部分をその度合いは違えど必ず使っています
そうして力を身体全体に分散することで、どこか一部に極度の緊張をつくることをさけ、リラックスした最も自然な音が出せる…はず
逆に腕等が必要以上に固くなると痛い音がでます…だいたい。これは僕の持論で、だから常に背筋や肩、腕全体の事(動きや連携のさせ方)を意識して練習を積んできてますから、まぁなんの裏付け、もしくは昔の僕のプレーのイメージのままで評価されても、それは快くは思わないでしょうねぇ奥さん

まぁしかし、出来てないんだから何言われても仕方ないか

で、話は変わりますが、そんな会話の後図書館で佐渡裕さんの本を読みまして

型にはまり過ぎて、こうでなきゃいけないとか…。割愛

みたいな文章がのっておりまして、最近の自分に当て嵌めたところ、うん、図星

っつーわけで、手が速く回らないといけないとか、左右のフォームが均等でとか、そういった概念を一度ポイしてみました

結局何の為に練習してんの?って考えるまでもなく、純粋に音楽的に美しいと言われる音を出すためと。
ただこの練習台で他の誰にも出せない、素晴らしく美しい音を出来るだけ速く連打しよう!
とか思いながら、太鼓が美しくなる理論にそって叩いてみました

すると

音は綺麗になるわ左右のバランスは整うはフォームは矯正されるわで、そりゃもう
うっひょーっ






てな感じでした

肘の使い方なんてなんのその!
新たな境地へ足を踏み入れた瞬間だったのかもしれません。
~でなきゃいけないという、先入観や、なんでも何かの型に当て嵌めて考えることは、時に自分の可能性を無理矢理押し込めてしまうことに繋がりますね

何かをする為に、自分はこう動く…。基準は誰かが決めた世の中の概念より、自分がどうしたいかに置くべきなのかもしれません。
しかしながら、そんなことに気付けたのも大作曲家の言葉のおかげ…、お礼言わなきゃ

次回は
至高の太鼓!をお届けします

今日は特に…
特筆すべきことがありません
そうですね…
ピアノはやっぱりいいですね
特にドビュッシーが好きです
何かをする時は、やっぱり楽しんでやることが1番なんですね

確かに苦手な事は投げだしなくなりますが、なんとか楽しくなる方法を探し出せば、事態は大分前向きに変化しますね
今はピアノやソルフェージュが少しずつ楽しくなってきました

がんばろ
目標は、ドビュッシーの子供の領分の人形へのセレナーデと、ベルガマスク組曲の月の光です
むふふ

そうですね…

ピアノはやっぱりいいですね
特にドビュッシーが好きです
何かをする時は、やっぱり楽しんでやることが1番なんですね


確かに苦手な事は投げだしなくなりますが、なんとか楽しくなる方法を探し出せば、事態は大分前向きに変化しますね

今はピアノやソルフェージュが少しずつ楽しくなってきました


がんばろ
目標は、ドビュッシーの子供の領分の人形へのセレナーデと、ベルガマスク組曲の月の光です
むふふ

行ってきました☆
Mr.Kの新曲初演のある演奏会に
うーむ、やはり先生の今日は素晴らしい
の一言に尽きますね
ま、言葉では語れないので割愛しますが、とにかく美しいんですよ
いやはや、本当の音楽とはなんなのか、また深く考えてしまいましたね
そして、最近仲良しなピアノの後輩がいます
今日も連れだって演奏会に行ったんですが、なんと話の合うことか
なかなかいないんです、僕と同じタイプって
けどそれは全くおかしな事ではなくて、100人いたら100人が違う価値観を抱いているこの世界では、異常にマッチする価値観を持っている人に出会うのは至難の技です
特に音楽や芸術の分野でわ!だから不用意に自分の価値観をさらけ出すことはタブーな感じです。
相手を傷つけ、不快な思いをさせてしまう上に、自分が白い目で見られてしまうことがあるからです
もちろん僕も、普段は人にそんなこと話しません
しかし、今日たまたまそんな話になって…
嬉しかったです
本当の意味で(何が正しいのかなんてわかりませんが、1番正統に音楽を分析し、この世に表現しようとすることを指して)の音楽を追求しようという、自分が信じた道の限りなく近い道を歩もうとする仲間が現れたことは、奇跡のように輝かしく
今まで一緒に音楽を学ぶ仲間にはいなかったタイプなんで
はぁ、なんか幸せ
とりあえず絶対音感がうらやましかったです(笑)

うーむ、やはり先生の今日は素晴らしい
の一言に尽きますね
ま、言葉では語れないので割愛しますが、とにかく美しいんですよ

いやはや、本当の音楽とはなんなのか、また深く考えてしまいましたね

そして、最近仲良しなピアノの後輩がいます

今日も連れだって演奏会に行ったんですが、なんと話の合うことか

なかなかいないんです、僕と同じタイプって

けどそれは全くおかしな事ではなくて、100人いたら100人が違う価値観を抱いているこの世界では、異常にマッチする価値観を持っている人に出会うのは至難の技です

特に音楽や芸術の分野でわ!だから不用意に自分の価値観をさらけ出すことはタブーな感じです。
相手を傷つけ、不快な思いをさせてしまう上に、自分が白い目で見られてしまうことがあるからです

もちろん僕も、普段は人にそんなこと話しません

しかし、今日たまたまそんな話になって…

嬉しかったです
本当の意味で(何が正しいのかなんてわかりませんが、1番正統に音楽を分析し、この世に表現しようとすることを指して)の音楽を追求しようという、自分が信じた道の限りなく近い道を歩もうとする仲間が現れたことは、奇跡のように輝かしく
今まで一緒に音楽を学ぶ仲間にはいなかったタイプなんで

はぁ、なんか幸せ

とりあえず絶対音感がうらやましかったです(笑)