我が君を考へつゞけて歩きつゞけて その4 奈良 | wish of love

wish of love

かなり更新停滞中

バレンタインのチョコは
昨日、早々に渡して一緒に食べ(これが一番の目的)てしまったので今日は特に無しwww

我が君を考へつゞけて歩きつゞけて その1 行程
我が君を考へつゞけて歩きつゞけて その2 日野
我が君を考へつゞけて歩きつゞけて その3 木津
我が君を考へつゞけて歩きつゞけて その5 京都
我が君を考へつゞけて歩きつゞけて その6 須磨寺
我が君を考へつゞけて歩きつゞけて その7 福原
我が君を考へつゞけて歩きつゞけて その8 生田の森
我が君を考へつゞけて歩きつゞけて その8 番外編

ということで旅行記 奈良編

平重衡と奈良といえば
なんといっても

『平家物語 巻5 奈良炎上 』 治承四年(1180)12月28日

・・・・・
大将軍には、頭中将重衡、中宮亮通盛、都合その勢四万余騎で南都へ発向す。
南都にも老少嫌はず七千余人、甲の緒をしめ、
奈良坂、般若寺、二箇所の路を掘り切つて、掻い楯かき、
逆茂木ひいて待ちかけたり。
・・・・・・

夜戦になつて、暗さは暗し、頭中将重衡卿、般若寺の門の前にうつ立つて、「火を出だせ」と宣へば、
播磨国の住人、福井庄の下司、次郎大夫友方といふ者、楯を割り松明にして、在家に火をぞ掛けたりける。
 頃は十二月二十八日の夜なりければ、折節風は烈しし、火元は一つなれども、吹き迷ふ風に、
多くの伽藍に吹きかけたり。

・・・・・

煙は中天に満ち満ちて、焔は虚空に隙もなし。
まのあたり見奉る者はさらに眼をあてず、遥かに伝へ聞く人は肝魂を失へり。
法相三論の法門聖教、すべて一巻も残らず。

・・・・・同じき二十九日、頭中将重衡、南都滅ぼして北京へ帰り入り給ふ。



南都に攻めこみ、
折からの強風で南都を焼き尽くしたことで
仏敵という不名誉な名で語り継がれることになった大将重衡でした。

この事件の表面的な事柄だけが伝わって、
平重衡=仏を畏れぬ悪党のイメージが現在もあるのは大変に残念なことです。
鎌倉視点の『平家物語』であっても、
全編通して読んでいくと平重衡が仏教を深く信じていた姿が描かれています。

 ※『平家物語』は語り継がれていく過程の違いから「覚一本」系(平家視点)、
  「延慶本」系(源氏視点)などに分かれています。
   
以前、南都を焼き払った重衡なのに念仏を唱えるなんて・・・・
(信仰心など無いのに)と
書かれているブログを読んだことがありますが、これは全く的外れです。
少しでも『平家物語』を読んでいれば
重衡がどれだけ信心深かったのかがわかるのですから。

当時の戦の戦略云々に触れるとさらに長くなるので省きますが、
彼が斬首されその首が
この南都攻めの拠点、般若寺に晒されることになったのは
当然といえば当然ですがなんとも皮肉です。

『平家物語 巻11 重衡被斬』文治元年(1185年)

・・・・・
高声に十念称へつつ、首をのべてぞ斬らせける。
日頃の悪行はさる事なれども、今の御有様を見奉るに、数千人の大衆も守護の武士も、
みな涙をぞ流しける。
その首をば般若寺大鳥居の前に釘付けにこそかけたりけれ。
治承の合戦の時、ここにうつ立つて、伽藍を焼き滅ぼし給へるゆゑなり。

 北の方大納言佐殿、首をこそ刎ねられたりとも、質身をば取り寄せて孝養せんとて、
輿を迎へに遣はす。
げにもむくろをば捨て置きたりければとて、輿に入れ、日野へかいてぞ帰りにける。
これを待ち受け見給ひける北の方の心のうち、推し量られてあはれなり。
昨日まではゆゆしげにおはせしかども、暑き頃なれば、いつしかあらぬ様になり給ひぬ。
さてしもあるべきことならねば、その辺に法界寺といふ所にて、さるべき僧どもあまた語らひて、
孝養あり。

首をも大仏の聖俊乗房にとかく宣へば、大衆に乞うて日野へぞ遣はしける。
首もむくろも煙になし、骨をば高野へ送り墓をば日野にぞせられける。
北の方も様をかへ、かの後世菩提をとぶらはれるこそあはれなれ。


現在、この般若寺は住宅地の中にあり
寺から東大寺辺りを望むことは出来ませんが、
最寄りのバス停のある奈良坂の入り口に当たる道路からは
東大寺を始め奈良の中心部が望めます。

奈良にまでやってきたのは、
斬首された首を追ってというよりも
正確には、
大将として奈良を攻めた重衡が号令を発したとされる場所から
彼の見た奈良の景色を確認したかったからです。

当然かなり様変わりしてはいますが、
坂の上からはるかに望む堂々とした東大寺の姿は
きっと当時も変わらなかったのだろうと思いました。

wish of love-1
現在、
重衡の首が晒されたという大鳥居は残っていません。
写真の楼門(国宝)は鎌倉時代に建立されたものだそうです。

wish of love-2

奈良阪の景色を確認し
一日目の行程は終了。


実はたったの3箇所ですが、
仙台→伊丹→京都→日野→木津→奈良→京都と移動しているので
行程的にこれが限度。

一度京都に行かずに、
奈良から京都にストレートに移動すればいいのでは?
という疑問がでるかもしれませんが、

どうしても
日野→木津の順を追って移動したいというこだわりがあったので
このような長距離移動となりました。

次は二日目へ