突然ですが、今やほとんど全ての人に浸透している「ニート」という言葉。皆さんはその言葉の正式な定義をご存じでしょうか。
NEETとは”not in education, employment or training”の略語で、直訳すると「教育・雇用・職業訓練に参加していない(人々)」ということになり、特にその気がない人に当てはまる定義のようです。さらに、このNEETという言葉、もともとはイギリスで提唱された概念で、日本で論じられる際には厚労省と内閣府で基準が異なるらしく、それが専門的・学術的議論においても問題を引き起こしているんだそうです。まぁこの情報もウィキペディアでさらっと調べた情報ですので、私も「正式な定義をご存じでしょうか」と偉そうに言えるほどの立場ではないのですけれど。
話は変わって、私の個人的な話し。私は今現在、定職についておりません。定職どころか、アルバイトすらしておらず、いわゆる「お金稼ぎ」は全くしておりません。幸い、ほんの少しだけやっていたサラリーマン時代の貯蓄もあり、失業手当(的なもの。本当は違うのだけれども、話がややこしくなるのでこれで通します)や、何より実家にお世話になっていることもあり、逼迫した生活を送るには至っていないので、こんな能天気なブログを書いたり、バスケチームに参加したり、スポーツジムに通って体を鍛えたり、専門学校で資格の講座を受ける余裕が今現在はあります(大した資格ではないので、なんの資格かは秘密)。
ただ、そういう状況だと困ることが一つ。バスケやジムなどで必ずと言っていいほど訊かれるのが「どのようなお仕事をされているんですか?」という質問。今の生活になって直後はこの質問が負担でたまりませんでした。しょうがなく「在宅の仕事を」とか、業界を訊かれれば昔かじっていたサラリーマン時代の業界を答えることもあったのですが、そうするとさらに「勤務地は?」とか具体的な話しになってくる。
私自身、嘘をつくのは得意・不得意は別にして、気持ちのいいものではないのでとても居心地の悪い時間を過ごしています。そのうち思いついたのが「…秘密です(意味深な笑顔)」とか「…あまり言いたくないです。笑」という回答。まあ嘘はついていないので少なくともむず痒さを感じることはないのですが、それでもジムや買い物をしているときに「今日はお仕事お休みですか?」などと言われると、「そうですね」とは答えるものの、もやもやした気持ちを抑えることはできません。
今となっては、この「お仕事なにされているんですか?」っていう言葉が「初めまして」や「こんにちは」という挨拶が少し進んだ程度のものなんだな、ということが理解できるようになったのですが、それまではとても負担に感じる会話でありましたし、今でもすっきりしない気持ちはどうしても抱えてしまいます。
そこで、正直に「実は今仕事はお休みしておりまして」とか言ってみる。そうすると、「あー、そうなんですね」とかでその話題は終わったり、話の上手な方は「その靴かっこいいですね」なんて話題を変えたりしてくれる。そういう人ってとてもスマートで配慮のある方だなぁ、とありがたく思います。一方で厄介なのが「じゃあ、ニートってやつ?」とか返してくる上に「いいじゃんいいじゃん、気楽に過ごせる時期だね。私そういうの全然気にしないよ」とか変に気を遣ってくる人。
そもそもバスケをしたり、ジムに通ったり、資格の勉強をしているのは生活リズムをなるべく一定にすることや、体を動かし、鍛えることが仕事復帰に役に立つかなぁ、という自分なりの考えがあってのこと。怠け者かつ自意識過剰な自分としては、こんな状況の自分が外出することは本当はとても恥ずかしく、そしてつらいことでもあるので結構頑張っているんだけどなぁ、全然気楽じゃないんだけどなぁ、なんてちょっとムッとしてしまいます。実際、仕事を辞めて実家に戻ってきてからは家から一歩も出られない、「自分にご飯を食べる資格があるのか」とご飯も食べることができない、なんて時期もありました。今でも外に出るのが無性に怖くなってしまう時もあります。まぁ、バスケもジムも資格の勉強もそれなりには楽しくやれているんですけれど。それでも、やはり「修行」だと思ってやっている部分があるのは確かです。
「修行」でいえば、先月ワークキャンプというものに参加してきました。聞き慣れない方もいるとは思いますが、簡単に言えば泊まり込みのボランティアみたいなものです。ちなみに先ほどの「じゃあ、ニートってやつ?」、「いいじゃんいいじゃん、気楽に過ごせる時期だね。私そういうの全然気にしないよ」とか言った人はそこで出会った人。そういう人に限って「私もね、少し正社員やったことあるんだけど、なんか合わなくてねぇ…」なんてその人の話をして下さいます。
そんなときに気難しい私が考えてしまうのが、いやいやニートってさっきの定義がしっかりしたものだし。こういう活動に参加することは職業訓練に含めてくれたっていいんじゃないのかな。バスケやジムはともかく資格の勉強は完全にeducationだよな。そういうのちゃんとわかってニートって言葉つかってんのかな。そもそもなんであんたの半生を聴くことになっているんだ?なんてこと考えてしまう。
もう一つ具体的な話し。ある日バスケをしようと思って体育館の無料開放に行ったときのこと。初めての利用には登録が必要で、その際やはり世間話で「仕事は何してんの?」と訊かれました。あまり深刻な雰囲気になるのも嫌だったので、「いやー、いわゆるニートってやつでして」と頭をポリポリしながら答えると、その人は「あぁ、そうなの。でも私全然気にしないから。周りにも色んな人がいるしね」と返してきました。それくらいならよかったのですが、そのあとも「こうやって自分で動いているだけいいじゃない」とか「学生さんなの?違う?あら大学は出ているのね、どんなことを勉強したの?商学部?ならどんな仕事にも役に立つじゃない」(←こうなると間違ってもうっかり修士課程を修了してしまったことなど言えない)、「勉強して公務員になったらどうかしら」なんてアドバイスまでいただきました。
「あーそういうのもいいかもしれないですねー」なんて適当に相槌を打っていたのですが、やはり心はもやもやしてしまいます。「気にしない」と言いながら、色んなことをべらべらと喋ってくるってことは、気にしてる証拠じゃん。言行一致(?)してないなぁ。「仕事がうまくいかないから公務員」という考え方はどうなんだ?自分が行政サービスを受ける立場で考えたとき、そんな動機で公務員になった人に受付をしてほしいのだろうか。そもそも公務員という職業を馬鹿にしているのではないか。なぜそういう想像力が働かないのだろうか。そんなもやもやを抱えながらドリブルやシュートをしていました。
ですが、そのうち気づいたのが「その人もその人でいきなりのニート相手に気まずかったんだなぁ」ということ。その気まずさをごまかすために思いつく限りのことを喋っていたのかなぁ、なんて。でも、本当に気にしていないのなら、「あぁ、そうなんですね。そういうときもありますよね」くらいで済ませてほしかった。べらべら喋れば喋るほど、「そういうの気にしない」という言葉が本心でないことが分かってしまうことに気付いてほしかった。それくらいの賢さがほしかった。そうでなければ、「ごめんなさい。余計な事口出しちゃったね」というフォローがほしかった。最終的には「あの人喋れば喋るほど墓穴掘ってるけど、頭悪すぎでは?」と笑える余裕はできたのでよかったのですけれど。
ニートという言葉に限らず、その言葉の意味をしっかり理解して使っている人って少ないですよね。その使い方が受け取る相手によってはダメージになり得る可能性を秘めていることを、どれだけの人が理解しているでしょうか。
「気にしない」という発言について、そのことをしっかり表現できている人がどれだけいるでしょうか。「気にしない」というのはどういうことなのか、考えながら行動している人がどれほどいるでしょうか。
まぁ、そんなことをいちいち気にしていたら何もしゃべれなくなってしまって、最悪日常会話ができなくなってしまうでしょう。「怒られたり、傷つけてしまったら誠心誠意謝ればいいんだよ」と考えられる人がうまく世渡りしていくのでしょうけれども。
Timo
NEETとは”not in education, employment or training”の略語で、直訳すると「教育・雇用・職業訓練に参加していない(人々)」ということになり、特にその気がない人に当てはまる定義のようです。さらに、このNEETという言葉、もともとはイギリスで提唱された概念で、日本で論じられる際には厚労省と内閣府で基準が異なるらしく、それが専門的・学術的議論においても問題を引き起こしているんだそうです。まぁこの情報もウィキペディアでさらっと調べた情報ですので、私も「正式な定義をご存じでしょうか」と偉そうに言えるほどの立場ではないのですけれど。
話は変わって、私の個人的な話し。私は今現在、定職についておりません。定職どころか、アルバイトすらしておらず、いわゆる「お金稼ぎ」は全くしておりません。幸い、ほんの少しだけやっていたサラリーマン時代の貯蓄もあり、失業手当(的なもの。本当は違うのだけれども、話がややこしくなるのでこれで通します)や、何より実家にお世話になっていることもあり、逼迫した生活を送るには至っていないので、こんな能天気なブログを書いたり、バスケチームに参加したり、スポーツジムに通って体を鍛えたり、専門学校で資格の講座を受ける余裕が今現在はあります(大した資格ではないので、なんの資格かは秘密)。
ただ、そういう状況だと困ることが一つ。バスケやジムなどで必ずと言っていいほど訊かれるのが「どのようなお仕事をされているんですか?」という質問。今の生活になって直後はこの質問が負担でたまりませんでした。しょうがなく「在宅の仕事を」とか、業界を訊かれれば昔かじっていたサラリーマン時代の業界を答えることもあったのですが、そうするとさらに「勤務地は?」とか具体的な話しになってくる。
私自身、嘘をつくのは得意・不得意は別にして、気持ちのいいものではないのでとても居心地の悪い時間を過ごしています。そのうち思いついたのが「…秘密です(意味深な笑顔)」とか「…あまり言いたくないです。笑」という回答。まあ嘘はついていないので少なくともむず痒さを感じることはないのですが、それでもジムや買い物をしているときに「今日はお仕事お休みですか?」などと言われると、「そうですね」とは答えるものの、もやもやした気持ちを抑えることはできません。
今となっては、この「お仕事なにされているんですか?」っていう言葉が「初めまして」や「こんにちは」という挨拶が少し進んだ程度のものなんだな、ということが理解できるようになったのですが、それまではとても負担に感じる会話でありましたし、今でもすっきりしない気持ちはどうしても抱えてしまいます。
そこで、正直に「実は今仕事はお休みしておりまして」とか言ってみる。そうすると、「あー、そうなんですね」とかでその話題は終わったり、話の上手な方は「その靴かっこいいですね」なんて話題を変えたりしてくれる。そういう人ってとてもスマートで配慮のある方だなぁ、とありがたく思います。一方で厄介なのが「じゃあ、ニートってやつ?」とか返してくる上に「いいじゃんいいじゃん、気楽に過ごせる時期だね。私そういうの全然気にしないよ」とか変に気を遣ってくる人。
そもそもバスケをしたり、ジムに通ったり、資格の勉強をしているのは生活リズムをなるべく一定にすることや、体を動かし、鍛えることが仕事復帰に役に立つかなぁ、という自分なりの考えがあってのこと。怠け者かつ自意識過剰な自分としては、こんな状況の自分が外出することは本当はとても恥ずかしく、そしてつらいことでもあるので結構頑張っているんだけどなぁ、全然気楽じゃないんだけどなぁ、なんてちょっとムッとしてしまいます。実際、仕事を辞めて実家に戻ってきてからは家から一歩も出られない、「自分にご飯を食べる資格があるのか」とご飯も食べることができない、なんて時期もありました。今でも外に出るのが無性に怖くなってしまう時もあります。まぁ、バスケもジムも資格の勉強もそれなりには楽しくやれているんですけれど。それでも、やはり「修行」だと思ってやっている部分があるのは確かです。
「修行」でいえば、先月ワークキャンプというものに参加してきました。聞き慣れない方もいるとは思いますが、簡単に言えば泊まり込みのボランティアみたいなものです。ちなみに先ほどの「じゃあ、ニートってやつ?」、「いいじゃんいいじゃん、気楽に過ごせる時期だね。私そういうの全然気にしないよ」とか言った人はそこで出会った人。そういう人に限って「私もね、少し正社員やったことあるんだけど、なんか合わなくてねぇ…」なんてその人の話をして下さいます。
そんなときに気難しい私が考えてしまうのが、いやいやニートってさっきの定義がしっかりしたものだし。こういう活動に参加することは職業訓練に含めてくれたっていいんじゃないのかな。バスケやジムはともかく資格の勉強は完全にeducationだよな。そういうのちゃんとわかってニートって言葉つかってんのかな。そもそもなんであんたの半生を聴くことになっているんだ?なんてこと考えてしまう。
もう一つ具体的な話し。ある日バスケをしようと思って体育館の無料開放に行ったときのこと。初めての利用には登録が必要で、その際やはり世間話で「仕事は何してんの?」と訊かれました。あまり深刻な雰囲気になるのも嫌だったので、「いやー、いわゆるニートってやつでして」と頭をポリポリしながら答えると、その人は「あぁ、そうなの。でも私全然気にしないから。周りにも色んな人がいるしね」と返してきました。それくらいならよかったのですが、そのあとも「こうやって自分で動いているだけいいじゃない」とか「学生さんなの?違う?あら大学は出ているのね、どんなことを勉強したの?商学部?ならどんな仕事にも役に立つじゃない」(←こうなると間違ってもうっかり修士課程を修了してしまったことなど言えない)、「勉強して公務員になったらどうかしら」なんてアドバイスまでいただきました。
「あーそういうのもいいかもしれないですねー」なんて適当に相槌を打っていたのですが、やはり心はもやもやしてしまいます。「気にしない」と言いながら、色んなことをべらべらと喋ってくるってことは、気にしてる証拠じゃん。言行一致(?)してないなぁ。「仕事がうまくいかないから公務員」という考え方はどうなんだ?自分が行政サービスを受ける立場で考えたとき、そんな動機で公務員になった人に受付をしてほしいのだろうか。そもそも公務員という職業を馬鹿にしているのではないか。なぜそういう想像力が働かないのだろうか。そんなもやもやを抱えながらドリブルやシュートをしていました。
ですが、そのうち気づいたのが「その人もその人でいきなりのニート相手に気まずかったんだなぁ」ということ。その気まずさをごまかすために思いつく限りのことを喋っていたのかなぁ、なんて。でも、本当に気にしていないのなら、「あぁ、そうなんですね。そういうときもありますよね」くらいで済ませてほしかった。べらべら喋れば喋るほど、「そういうの気にしない」という言葉が本心でないことが分かってしまうことに気付いてほしかった。それくらいの賢さがほしかった。そうでなければ、「ごめんなさい。余計な事口出しちゃったね」というフォローがほしかった。最終的には「あの人喋れば喋るほど墓穴掘ってるけど、頭悪すぎでは?」と笑える余裕はできたのでよかったのですけれど。
ニートという言葉に限らず、その言葉の意味をしっかり理解して使っている人って少ないですよね。その使い方が受け取る相手によってはダメージになり得る可能性を秘めていることを、どれだけの人が理解しているでしょうか。
「気にしない」という発言について、そのことをしっかり表現できている人がどれだけいるでしょうか。「気にしない」というのはどういうことなのか、考えながら行動している人がどれほどいるでしょうか。
まぁ、そんなことをいちいち気にしていたら何もしゃべれなくなってしまって、最悪日常会話ができなくなってしまうでしょう。「怒られたり、傷つけてしまったら誠心誠意謝ればいいんだよ」と考えられる人がうまく世渡りしていくのでしょうけれども。
Timo