東京へ向かう新幹線
頭の中は とりとめがありませんでした
神も仏もないと 何度も思いました
連れて行くなら 俺を選べばよかろうに
どんなことも 誰にだって起こり得ることと 普段 心の内で覚悟はしています
しかし こればっかりは 到底 受け容れられない
娘夫婦になんと声をかければよいのか
新幹線は ほぼ満席でした
駅ごとに入れ替わる 周りの乗客をぼんやり眺めながら 何度も思いました
この人たちにも 赤ちゃんだった時があり 慈しみ 育ててくれた人がいたはず
しかし 父であり 祖父である私は 感傷にばかり囚われてもいられない
立場的にも 年齢的にも 私の言動の影響は小さくない
東京に着いてみると 遺体はまだ病院から帰ってきていませんでした
帰宅してきた遺体の顔は 眠っているように穏やかで綺麗でした
けれど 可哀そうで とても正視できず そっと 家を出てしまいました
乳幼児突然死症候群でした
火葬の日まで 遺体は自宅で安置することとなりました
※東京は人口の割に火葬炉が足らず 火葬の予約を取るのも 1週間待ちは普通です
お別れの会を行なう火葬場へは その2日前 5才の孫と2人で行ってみました
火葬について誰かに聞かされたのでしょう
やかれると いたいの? と質問してきました
もう 痛くもないし 熱くもないんだよ
火葬の前日 娘夫婦と色んな話をしました
墓に納骨して一人にさせるのは可哀そうだ と言います
赤ちゃんなんだから 親のそばに居させてやればいい 世間の常識通りにしなくてもよい と伝えました
娘から頼まれ事をされました
「家族全員で揃った写真は 2月にお父さんが撮ってくれたものしかなかった
明日 家を出る前に 家族写真を撮ってほしい」
これが最後
たくさん 撮ってやりました



