火葬場に着いてから
亡き孫は 父親の手で棺に入れられました
小さな棺でしたが
長さは 孫の身長の2倍はありました
通っていた保育園の先生方がご参列くださり 七夕飾りを供えてくださいました
メッセージを書いた短冊を数枚 付けてくださってました
全部その場で 読ませていただきましたが
それぞれ どんな思いで書いてくださったのかと思うと
ありがたさで 涙がにじみました
であえて嬉しかったよ
わすれないよ
いっぱい だっこさせてくれて ありがとう
わすれないよ
保育園の先生の視点だと こういう言葉になるんですね
わすれないよ
誰かが忘れない 誰かが覚えているうちは その人は死んでいない という私の死生観とリンクしていました
数日前 5才の孫にも話していましたし
前夜 娘夫婦にも話しました
この後の 遺族代表の挨拶でも話しました
時間になり 火葬炉へ移動するため 棺を台車にのせました
5才の長男にも手伝わせました
小さな棺でしたが 思った以上に重かったです
火葬炉に着き 火葬炉の扉が開かれました
火葬炉の奥は 漆黒の暗闇です
あそこで 一人 焼かれるのか
待ち時間は30~40分との説明でした
大人の火葬の1/3の時間です
待合室に入ると すぐ 5才の孫が テーブルに突っ伏して泣き始めました
悲しさと怖さで いっぱいになったのでしょう
私たち大人は 火葬炉のことで頭がいっぱいで ただただ動けず 沈黙していましたが
誰かが 泣いている孫を連れ出していました
この日の夜から みんな 次々と体調を崩しました
一人は 5日ほど入院しました
5才の孫は ずっと保育園を休ませていました
心身への不安もあり 気分転換もかねて
火葬の2日後 元々通っているスポーツクラブに 私と娘が連れていきました
1時間あるのですが 30分で動けなくなり 休憩場所で座っていました
そうなってしまった原因は明らかでしたが それについては 娘も私も先生には言いませんでした
その翌日 私は 広島に帰りました
しかし 心身の不調により 数日 職場復帰できませんでした
出勤しても 2時間くらいで帰りました
かなり しんどくて それ以上は とても無理でした



