広島からじゃけぇ

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Photo by Lucania

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みなさん こんばんは

 

 

先日、出張で香川県へ行ってきました。

 

取引先の新社屋の竣工に伴うものです。

 

行く途中 休憩で立ち寄った

瀬戸中央自動車道(瀬戸大橋)の香川県側にある与島パーキングエリア

 

晴天で、

瀬戸大橋から眺める瀬戸内海の多島美は、絶景でした。

 

 

香川県に行くのは10年以上振り?

 

前はいつだったのか、思い出せない。

 

20年以上前は仕事でよく行ってて、時々、高知県、愛媛県、徳島県にも行ってました。

 

 

今では「うどん県」と呼ばれる香川県でよく立ち寄ってた、うどん店、もう場所も定かではない。

 

香川で店を構えてるなら、ハズレはないだろうと、

偶然見つけ、地元客の出入りの多い店に入りました。

 

 

私定番の釜揚げうどん

ゆだめうどんでも良かったけど、店員さんがすすめてくれたので、釜揚げうどんにしました。

※水で締めた”うどん玉”を使う「ゆだめうどん」は四国以外の他地域で、私は見たことがない(どこかにあるのでしょうけど)。20年以上前の香川では、ほとんどの店が、ゆだめのほうが釜揚げよりも金額が安かったけど、今回入った店では同額でした。

 

 

うずらの卵のフライ

 

おでんは、コンニャク&鶏卵、すじ肉

これに、辛子か、田楽味噌をつけて食べます。

 

大谷翔平選手みたいだけど、卵は大好きです。照れ

 

 

 

 

 

香川での仕事は少し早めに終わり、帰途、どこかで小休憩を取ることにしました。

 

なに気なく見ていた観光案内看板で見つけた、

香川県立 東山魁夷 せとうち美術館に立ち寄ることにしました。

 

 

瀬戸大橋記念公園の無料駐車場に駐車します。

 

 

 

 

 

 

入館料は1,000円前後かなと思っていたら、思いもかけない310円びっくり

受付で案内があったので、JAF会員割引で、結局240円でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

美術館の敷地内から見える瀬戸大橋

 

 

 

展示品は、原画が数点、あとはリトグラフのものがほとんどでしたが、東山魁夷の世界にじゅうぶん浸ることができました。

 

知らない作品も沢山ありました。

 

特に心惹かれたのは、ヨーロッパの街角を写生したもので、その中でも「マリアの壁」という作品が一番よかったです。

これは、館内での映像紹介でしたが、後で調べてみると、川端康成も所蔵していた作品でした。

 

 

美術館に入ったのも数年振りでしたが、普段の生活と隔絶されたあの静寂な空間はとても良いものでした。

 

 

こじんまりした美術館だったので、あまり時間はかかりませんでした。

 

 

入りませんでしたけど、瀬戸大橋と瀬戸内海を眺望できる素敵なカフェもありました。

 

 

 

 

 

 

 

シャボンだま とんだ

 

やねまで とんだ

 

やねまで とんで

 

こわれて きえた

 

 

 

 

 

野口雨情が作詞した 誰もが知ってる童謡です

 

雨情が 幼い子どもを亡くした親の心情を表現したものだと ずいぶん前に知りました

 

私は 7月6日の「命」という記事に引用を考えました

 

しかし 歩くも 立つもしていない はいはいさえもまだだった

やっと 寝返りがうてるようになったばかり

 

しゃぼん玉はとんでなかった

 

そこで つぎの詞を引用しました

 

 

 

 

 

シャボンだま きえた

 

とばずに きえた

 

うまれて すぐに

 

こわれて きえた

 

 

 

 

 

 

 

孫が亡くなった日

東京へ向かう新幹線のなかで 古い話を思い出していました

当時 横綱だった千代の富士関も お子さんを乳幼児突然死症候群で亡くし

その精神的ダメージは計り知れず

千代の富士関の師匠が もう相撲はとれないかもしれない と思うほどだった

 

あんなに強かった横綱でさえも・・・

遺されたうちの家族は これからどうなるのか どうしていくか

 

 

 

 

 

 

 

 

クリスマスボックス

 

1993年にアメリカで発表

 

1995年の12月に日本でも発行

 

子育て真っ最中だった私も1996年に購入

 

人にとって最も大切なものを あらためて心に刻みました

 

今でも私の書棚にあります

 

この本の内容も このたび よく思い出していました

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実は 亡くなった孫のことを ブログに書くつもりはありませんでした

 

しかし 遺族として背負った 心のダメージを 無視するような発言をする人がいたのです

 

それは 短い生涯を閉じた孫の命まで 無視 軽んじられたように感じました

 

言わなければ 分からないのか

 

書かなければ 分からないのか

 

この世には そんな人が まだ沢山いる

 

そう思い ほぼ衝動的に ブログに書き始めたのです

 

 

 

 

 

 

遺族の心のダメージを正確に伝えるためには 細かいことまで書く必要もありました

 

とはいえ ブログでは限界があります

 

別の写真もたくさん公開したかったのですが 差し障りがあります

 

伝えたいこと 全ては書けませんでしたし 公開できませんでした

 

 

 

 

 

 

前回のブログの最後に 私は心身の調子を崩したことを あえて書きました

 

私と長くお付き合いくださっているブロガーさんはお気づきかと思いますが

私は滅多なことで 自身の体調不良をブログに書きません

 

それはネガティブなこととして ブログ開始の時から 意識してきました

 

ネガティブワードを使わない ということも もちろん意識してきました

※「体調が悪い」は 「体調が良くない」と表現してきました

 「悪」という言葉などはネガティブワードとして 極力避けてきました

 

ネガティブワードだらけの ネガティブな内容なブログなど 

悪口 陰口だらけのブログと同じようなもので

そんなもの 誰も読む気になりませんから

 

不本意ながら 今回に関しては

体調不良のことも あえて書かなければならないと思いました

 

 

 

 

 

 

初めて告白することになりますが 

私は3年前 生まれて初めて 心療クリニックに患者として行きました

 

根源は 仕事の激務

 

長期間にわたる 不眠などが じわじわと大きなダメージとなり 

ちょっとしたストレスにも耐えられなくなっていました

 

心が傷つきすぎる私は すぐに ふさぎ込んでしまう

 

けれど 私の内面の そんな異変に気が付いた人は 周囲にいませんでした

 

心療クリニックに入ってすぐ 気づいたのですが

広い待合室にいた7~8人の患者さんが 全員 普通の健常者にしか見えませんでした

 

私も 周囲からは 普通にしか見えてないんだろうな と思いました