親鸞は究極的にこう考えます。一つは、浄土というのは実態としては存在しない。ただ方便として想定できるだけだ。二つは、僧侶の修行をして浄土へ行くことを考える間違いだ。阿弥陀経第十八願の至心で称名念仏をすれば、すぐ浄土に行けるはず。正定の位置に行ける。正定は、浄土を王様とすれば皇太子のような位置だ。念仏称名を至心にすれば修行ではなく一挙にそこに行ける。
人間は、いつどんな病気でどんなふうに死を迎えるか、全く分からない。もちろん本人にもわからない。だから、臨終の念仏が大切だというのは間違いだ。宗教が(浄土教が)人間を救済するという意味は、偶然出会った困っている人を助けるということではない。人間の生涯には、例えてみれば、往きの道(往相)と還りの道(還相)とがある。還りの道には偶然の出会いはない。だから一人を救済することは、すべての人を救済するのと同じことになるのだ。本当はまだありますが、これが親鸞が抱いた日本の浄土教の理念と言っていいと思います。
後代に、一遍が親鸞の理念と同じことを親鸞と反対の言い方で展開します。人間が所有物をすてれば、この現実社会はそのまま浄土となるはずだというのです。竹かご一つも持たず、定住する家も場所も捨てるべきだとするのです。そして、弟子たちと諸国を遊行しながら終わり(死に)ます。ここで親鸞の思想は合わせ鏡のように一回転します。
この浄土教の歴史は、日本列島の思想を世界に開いたものです。「浄土」という言葉を「理想の平等社会」と言い換えれば、それは世界の願望だと言えましょう。