小学校の教員を退職した私。

確かに救いたい人が目の前にたくさんいたけれど、

カウンセラーにまでなろうと思っていたんだっけ…?

今日はそんなお話を。


実は私は大学に進学するときに、臨床心理学を専攻しました。

今のようにキャリア教育が、中学高校でまだ進んでいなかった昔

ともすればカウンセラーという仕事をよく知らないまま進路を考えたかもしれません。


カウンセラーの仕事を身近に感じたのは、私が高校生の頃です。

中学3年生のときに父親を病気で亡くし、

それまでのほほん照れと過ごしていた私に大きな転機が訪れました汗うさぎ

私立中学校で学んでいた私は、そのまま高校へエスカレーター式に進学する予定でしたが、

公立の高校を受験することになるかも汗という不安に苛まれるようになったのです。


その時は母親がそのまま私立高校への進学ができるよう頑張ってくれましたが、

当時英語が好きで、通訳になって世界中を飛び回ってみたいなあラブラブと思っていた私は、

進路を変更する必要があると悩み始めることになりました。


                                (写真はイメージです)


家庭内の雰囲気も変わってきたこともあって、

高校2年のある時から私の右手が震え出しました赤ちゃん泣き

授業中、ノートを取ろうにも字がめちゃくちゃ…

食事をしようにも箸を落とす…など日常生活にも支障が出るように…ガーン


そんな時、母が当時はかなり珍しかった心療内科へ連れて行ってくれたのです。

そこのお医者様は私の話を「うんうん」とひたすら聞いてくれて、最後に

「頑張ったね。でもね、そこにいるお母さん、実は結構強い人だと思うよ」

と言われました。

その時、私は素直に「そっかあ。お母さんに甘えてもいいよね」と思えたのです。

その後、私の手は少しずつ震えが治っていきました花



人の心ってすごいビックリマーク
心理学で人を助けてみたいびっくりマーク



私は進路を見つけた気がしました。

そして家族療法で有名な亀口憲治教授に会いたくて、

奨学金をもらって大学に通うことにしたのです。


でも、卒業してすぐには私はカウンセラーにはなれなかった…

その後の話は、また次のときに…