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積木崩し

SNSではできない、書きたい放題の場を作りました。
ひとり悩み相談みたいな場所になってます。
話半分でどーぞ。

今日はなんだかひとりでぼーっとして終わりました。
研究もすすまず。


最近また芥川龍之介がすきで、今日はペラペラと読んでいました。
いやー、やっぱり彼以上の繊細なエンターテイナーはいないよ。
太宰があこがれるのもよくわかるよ。

初期のわかりやすいユーモアある作品も好きだけど、個人的には「河童」「歯車」「或阿呆の一生」等、最後のほうが好きだな。
歯車は何回も読んだ。


はた、と気づくと、夜。
どんな生き方をしても腹は減るもので。


うちから歩いて2分のところに餃子の王将があるのですが、1年3ヶ月住んでるのに1回しか行ってないので、さっき行ってきた。
餃子も唐揚げもおいしかったけど、やっぱりひとりのごはんって味気ないね。


本との対話はすごく楽しいけれど、人と話すのはすごく幸せなことだ。
本と違ってどんな返事がくるかわからない。
表情がある。


誰かと食事がしたいな。
「でも今日は忙しいかなぁ」とか、誘うのにハードルがあって、やめちゃったりして。


で、結局、芥川な午後九時半。
ユニクロが社内会議などを全部英語にするそうです。

外資のコンサル受けたときも、社員のみなさんがパリッとした格好で英語の重要性を語っていました。
「休日は英会話教室に通って、~、国際的に通用する~、うんぬん」

なんかやっぱり日本人は英語に拒否反応があるんでしょうね。

今、研究所が短期留学生ラッシュで、最近日常会話が英語になりつつあります。
別に僕だってペラペラではありません。
でも普通に通じるし、だいたいの会話はなんとでもなる。

授業も講演も論文も英語だし、なんならフランス語や韓国語も教えてもらったりしてる。


さも英語が話せることが目標のような言い方はやめてほしい。
英語が話せることが絶対だという言い方はやめてほしい。

コミュニケーションがとりやすいことは非常に重要なことではある。
でもやっぱりそれはあくまで手段のひとつでしかないんだよ。
「何を話すか」じゃんか。


知り合いの議員さんが、子供の英語教育について日記を書いていた。
でも英語教育と同時に、英語を話せたほうが好ましい理由とか、きちんと意見を組み立てて伝える方法とか、恥ずかしがらず発言する練習とか、そういうのが必要だよなぁ。


感情の機微を、つかまえること。
つかまえようと努力すること。

僕はやっぱり鈍いのか?
それでも、いやそれなら、いつも注意して見ていよう。


少しでも悪いところがあるなら、それを謝ることを躊躇してはならない。
「俺はこんなにしてるんだ!」というのは話のすりかえでしかないんだよ。


ひとりとぼとぼと帰路につく特急が事故にあい、電車に閉じ込められる。
これには意味があるのだろうか?と考える。

起こることすべてに意味があるとまでは思わないけど、
起こることすべてに何らかのヒントや刺激はある。

その中から意味を、勝手に見いだすことはできる。


君が戻るのを待とう。
君が戻るのを信じよう。