積木崩し -31ページ目

積木崩し

SNSではできない、書きたい放題の場を作りました。
ひとり悩み相談みたいな場所になってます。
話半分でどーぞ。

日本の七夕といえば、もうそれはそれはがっつり梅雨どきでして、てやんでえ星なんか見えやしねいぜ!と、文句のひとつも言いたくなるわけですが、実は本来は旧暦の7月7日でして、今で言うと8月の半ばなのです。


七夕。
なんか昔から好きです。

夏の夜の風。
虫の声。
満天の星空。

天の川をこえて、一年に一度会える二人。

ロマンチックやなぁ~。

現代小説やドラマなんて到底かなわない、良い話がたくさんありますよ。


今年も雨かなぁ。


いや、晴れても目悪すぎて星なんか見えませんが。笑
隠れてないで出てこいよ
この部屋は大丈夫
鼓動の音はふたつ
ふたつ以上も以下もない

震えてるのは寒いだけじゃない、ってか。


月曜のやる気のなさと、この世界の輝きを統一的に説明する絶対的な理論が必要だ。
なぁ、そうだろう、ウィッテン?

残念だけど、君たちの頭脳は、まだ休むことを許されないよ。

一生懸命生きるほど輝きを失っていくのなら、僕らは何でまたいまいましい目覚ましをかけるのだろう。
ワインバーグ・サラムの理論じゃまだ足りないんだよ。
僕らに必要なのは弱い力や電気の力じゃない。
強い力と、互いに惹きあう重力なんだ。



不忍池にかかる橋から一面の蓮を見ると、池の下には地獄が広がっている錯覚におちいる。
第二のカンダタは現れて、また蜘蛛の糸は切れるのか。

弁天堂では外国人観光客に、ホームレスが英語で説明していた。
ドンマイ、楽天、ユニクロ。

江戸川の正式名称は三途の川じゃないので、この特別快速の次の停車駅は松戸なのです。
波がすぎさって凪になったら、沖に流されてった僕のサンダルは戻ってくるんかな。

沖のほうから浜辺に打ち寄せられるのはいつだってゴミばかりで、
流されたくないものは離岸流にのってどこかへいってしまう。
そんな認識。


小さいころよく見た夢がいくつかあって、そのひとつが大海原を前に自分の大事なものが流されてしまう夢。
(海の景色はなぜか小さい頃いったハワイ・オアフ島のハナウマ・ベイ)
流されていくものの多くは靴だったり、シュノーケルだったりする。

僕は必死で探そうとするのだけど、なぜか「溺れて死んでしまう」イメージしか出てこなくて、探せない。
絶望的になった僕にうしろから両親が近づいてきて、「また買えばいい」という。

でも、流されたものは世界にひとつしかないものだから、僕はそのとりかえしのつかなさにひたすら謝っている。



小学校のころに特によく見たのが、これと、あと崖から落ちる夢だなぁ。

あと寝る前にふとんの上で自分がぎゅーんと小さくなる感覚におそわれることがよくあった。スモールライトをあびたみたいに。
それか部屋が広くなってるか。
最近、それを「アリス症候群」といい、小さい頃にはままあるものだと知りました。


あとは、つるりとした手触りの良い球体がしだいにイガイガの球体になり、再びつるりとした球になり…
というのを繰り返す夢も多かった。
球は心理的には命をあらわすとかいうけど、どうなんでしょ。