僕が宇宙とか地球とか、空想の世界を好む理由は、現実から逃げられるからなのだと思う。
情けない話ではあるが、「宇宙から見たらこんな悩み大したことないや」って思い込むことが今までの解決法だったのだと思う。
これだけ鬱だ、心の病だ、と世間は叫ぶけれど、現実に考えて病んでいる暇はない。
事実、僕は奨学金という名の借金をもち、一人暮らしとはいえいまだ親の庇護のもとにいる。
病院にいけばなんらかの病名がつき、なんらかの薬が与えられ、正面をきって休めるのかもしれないが、そうすることで失うものは多い。
まわりのものを大事にしたい、失いたくない、笑顔でいてほしい、そんなことを叶えられなくなる。
正直、自己実現なんてどうでもいい。
大きな仕事に関われなくたっていい。
まわりのものを幸せにできたらそれでいいのに、それってこんなに難しいものだったっけな。
おちつこう。
僕に価値なんて元々ない。
もう一度、鳥瞰しよう。
僕は千葉のごく普通の家に生まれ、いじめられたり悩んだりもしたが、家族は優しく、良い人間と知り合え、行きたい学校でやりたいことをした。
もう大学も出た。探せば、きっとそれなりのところできちんと働ける。
もう25だから、外見も衰えていくが、特に異常があるわけでもない。
突然金や命をむしりとられる国でもない。
素敵な人間がまわりにはいる。
黙っていてもあと数ヵ月。
怒られてもけなされても絶望しても数ヵ月。
みんなは色々言うけど、みんなは色々言うだけだ。
それはそれで受け取って、でもそれ以上のものではない。
今必要なのはやめることではなくて、闇の中で光をひとつつけるみたいな努力をすることだ。
そしてそれを見せることだ。
諦める、と発することがなによりも悪しきことだと思う。
ちくしょう、手汗がひどいな。
胃がいてぇな。
でも人間なんてもう滅びるんだよ。
なに言ったって、殺して食っちまえばこっちの勝ちなんだ。
勝ちってなんだよ。
勝ちって、解放されることか。
負けって、囚われることか。
誰もが誰もの思うようになんて動かないし、
逆もそうだ。
僕の論理をぶつけることもできるが、そうじゃなくて、相手を認めたい。
だからこれでいい。
なにも絶望することなどない。
なにも固まる必要などない。
比べるな。
比べるのは他人の自分よりすぐれた部分ばかりになる。
すぐれた部分ばかり拾って、自分が劣っていると嘆くのは馬鹿だ。
うまくやらなくてもいい。
逃げてもいい。
ただ、鳥瞰することを忘れるな。
忘れた時点で、僕は僕を見失い、筋違いの被害妄想を他人におしつけ、絶望し、死のうとする。
自己をきりはなせ。
今までが作った自分で接してきて本当の自分を隠してきたのならば、
逆に駄目な自分で接して、切り離して作った自分で鳥瞰せよ。
どうやったって時間はすぎるんだ。
真摯にいけ。いけるだけでいいから。
全員鬼じゃないから。敵でもないから。
がんばれ。
がんばれ自分。