しかし、保育園も幼稚園も途中でやめるのは、わがままを許していると思われるのも気になり、悩みました。また、幼稚園から大学までなんの疑いもなく通ってきた私にとって、年中になって幼稚園をやめるということは、すぐに受け入れられる選択ではなかったのです。
学期末の発表会の日、遊世は案の定「行きたくない!」と言い出しました。私がほかの学年の子どもたちが歌う「世界に一つだけの花」が聞きたい、という理由で「ママは行きたいな」と遊世に言うと「行くのはいいけど、ゆうくんは出ないよ。ママと一緒にいる。」という約束で、家族4人で出かけました。
いざ幼稚園に着くと、先生が出迎えてくれて「遊世君、一緒に行こう!」と連れて行かれてしまいました。私は遊世との約束を先生に伝えられませんでした。私の中にはまだ「ちゃんと舞台に立ってくれるのではないか・・・。」というわずかな期待もあったのです。
いざ、遊世の出番になったとき、舞台に出てくるかどうか、とドキドキして待っていましたが、遊世の姿はありませんでした。
周りを見渡すと、舞台の下で先生に抱っこされている遊世がいました。近寄って「どうしたの?」と聞いてみると、舞台に上がる前に吐いてしまったとのことでした。
「そんなにイヤだったんだね。ごめんね」と謝っていると、先生から私たちの思いを否定される言葉を投げかけられたのです。
思えば、いざというときはいつも私の心は弱くなり、子どもを信頼しきれず、専門家の言葉や、今までの自分の思い込みに流されてしまっていました。
遊世を出産するときも、母乳をやめるときも、また幼稚園を選ぶときも、結局、最終的には遊世の希望より、自分の好みを押し付けていたのです。
あのとき、遊世の希望する幼稚園を選んでいたら、どうだったのでしょう?今さら考えても仕方ありません。あのとき、そうできなかった自分が、この状況を作っているのですから。この結果をプラスに変えていくしかないのです。
保育園の時に、あれほど反省したつもりだったのに、また同じことを繰り返している自分。もうこれ以上、遊世につらい思いをさせることはできないと思いました。そばで見ていた夫も、同じようなことを考えていたのだろうと思います。
発表会が終わり、外で遊んでいる子どもたちを見ながら、
「やめさせよう。」
夫はきっぱりとそう言ったのでした。
つづく
月刊波動2006年3月号より