私たち夫婦が、長男に「遊世」と名づけたのは、この世界を遊ぶように楽しく、夢中に生きて欲しいという思いからでした。
しかし、実際には、身体全体で楽しく生きることを求めている遊世に、逆のことを押し付けていたのです。
考えてみれば、遊世のように激しくはないけれど、妹の麻央もしゃべれないうちから一生懸命「意志」について教えてくれていました。
一歳になる前から「パンツはそれじゃイヤ!こっちがいい」と主張したり、抱っこされているのに、自分が歩いているかのように、しっかり手を振るような子どもでした。
また、まだ話すことができないからと思って、つい麻央に出掛ける先を伝え忘れると、不満げな顔をしてこちらをのぞきこんでいました。
あるとき、麻央には珍しく、お菓子屋さんでどうしてもアメを2つ買いたいというのです。不思議におもいつつも、その熱意に負けて買ってあげると、車の後部座席にポイッと一つ投げ入れました。そこでやっと、麻央のやろうとしていることがわかりました。麻央は兄の遊世の分も買いたいと言いたかったのです。
一見わがままとして見過ごしてしまいそうなこんなところにも、実は温かい思いやりの心が隠れていました。
子どもはどんなに小さくても自分の意志をもっていて、それを伝えようとしていると、1歳の麻央に改めて教えられたのでした。
遊世には3歳になるまで、親の意志を伝えるということをせず、つまり一人の人間として見ていなかったような気がして、本当に悪いことをしてしまったと反省しました。
その夜、私は今までのことを振り返り「遊世、ごめんね」と反省して泣いていると、遊世も「ママが泣いているとゆうくんも悲しくなっちゃうじゃん」と言って泣き、2人で一緒に大声で泣き続けました。
つづく
月刊波動2006年3月号より