それは11年前の、僕が小学4年生にあがったばかりのことだった。
春休みが終わり、久しぶりに友達と会えるせいか教室はざわついていた。
ただ、なんとなくそれだけではないような雰囲気が教室内にただよっている。
なんかあったとかな?と少し不安になりながら友達に聞いてみると、
「今日転校生が来るらしいばい。男か女かはわからんとけど。」
と、どこか興奮した口調の返事が返ってきた。
その頃はまだ、男だとか女だとかそんなことを意識したことなんてなくて。
ただ、絵が好きな人やったらいいなーなんて思っていた。
そうこうしているうちに朝の会のはじまりを知らせるチャイムが鳴り、いつものように足早に先生が教室にはいってくる。
「はい、朝の会はじめるぞー!きりーつ、礼、おはようございます。」
いつもと同じ朝の風景。
「っと、その前に。今日はちょっとせんばことが…。ほら、緊張せんでもいいけん。」
先生がおいでおいでと大袈裟に手招きをしている方向を見ると、そこには不安そうにうつむいている女の子がいた。
長い髪をふたつにまとめて、女の子らしい白いワンピースがとてもよく似合っている。
おそるおそるあげたその顔が教室全体をみまわし、僕の方を向いたとき、その目が僕をとらえたとき、体に電気が流れたような衝撃がはしった。
まるで金縛りにでもあったかのように体は硬直し、指一本でさえ言うことを聞いてくれない。
それとは反対に、激しく動き出す心臓がうるさくてしょうがなかった。
今思えば、これが恋だったのだ。
あのときはそんなこと知らなくて、病気にでもなったっちゃろうかなんて、本気で悩んだりもしてたけど。
先生の言うことなんてなにひとつ耳に入ってこない。
さっきまでうるさいと思っていた教室のざわめきも、いつの間にか聞こえなくなっていた。
トクトクトクといつもより早いスピードでうつ胸の音だけがやけに耳につき、苦しくなって、ぎゅっと強く目をつぶる。
あいかわらずうるさい心臓。
目をつぶっても離れない白いワンピース姿。
耐えられなくなって目をあけると、ゆっくりとこっちに向かってくる転校生の姿が見えた。
理由がわからなくてうろたえたが、それよりも、まだおさまらない胸の音がまわりに、いや、転校生に聞こえてしまわないかが不安だった。
顔を見ることなんてとてもできずに、ただ自分の机だけをじっと見つめる。
近づいてきたその人が、僕の横で立ち止まると、もうなにも考えることなんてできなくて。
頭も体も止まったままの僕は、1学期の終わりにはなかった隣の席に座った転校生の「よろしく」という可愛い声と、視界の端に入ったぎこちない笑顔に、なにもこたえてあげることができなかったのだ。
そうだ。
あのときの女の子に、おなじ胸のたかなりを感じたんだ。
そして、恋の苦しみと、別れの悲しみを――。