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うみのSHARE HAPPINESS

私の周りの人の
全ての人がHappyでいられますように!
それが 何よりの私のHappy!
そんな願いを込めて!

海が好き。旅が好き。
MR.Childrenが 好き。
皆のHappyが 好き。


 

暖かい春の陽気が

数日続いて
今日は再び寒くなりました
 
 
 
つい一昨日の事
用事があったので
三浦海岸駅で見た河津桜
見事な桜でした
 
ソメイヨシノが咲く頃には
父ときっと桜を見れるだろうな
見上げた青空は眩しい青空…
 
晩年
母や私の事をナジリ
頑固過ぎる位に人の事を
寄せつけない人になってしまった父
違う
今の父は何故か病的に思う程になり
元々、優しくて穏やかな父に
もう一度会いたい!って思って
いました…
 
昨朝
リハビリを始めた病院から
慌てた様子の声で
「これから来れますか?
朝から様子がおかしいのです…」
 
母と弟と駆けつけた病院にいた父は
酸素マスクをしながら
寝ているように見えました
 
主治医の先生から
昨夜まで食事を完食して
リハビリをしようと思っていたと
患者様と交流を試みて
食堂に行きたいと話してました
 
…なのに…
 
2月23日
午後2時16分
父は
「分かる?私…」と言うと
うっすら目を開けうなずいて
母と私と弟を確認すると
暫くして
永遠の旅に旅に出ました…
 
涙が後から後から出てくるのに
私は
何故か妙な気持ちでいました
 
この顔は
家族を思い
私や弟を思い
あの父の顔だ…
 
自慢する父でした
 
享年90歳
脳梗塞からの誤嚥性肺炎でした
 
今は
父の顔を見るたびに
「ありがとう!」としか
言葉がありません…
 
父の弟と話した時も
父の妹と話した時も
「うみちゃんの お母様が体調崩す
たびに…うみに不敏な思いをさせてる」
いつもいつも話してたのよ
 
最愛のお父さんへ
私は知っていたよ
私の事を心配しながら
叔母さんの家にいながら
本当は お母さんが大好きだったと
言う事を
 
だから
私は、
もっとお父さんが好きだった
そんな風に
家族を皆、愛してくれる
お父さんが大好きだった…
 
ありがとう!
いつか空の上で会う日まで!
 
「うみ」でした。
 

どしゃ降りの雨が上がり

日が射してきた夕方
 
先日は
東北を中心に大きな地震があり
間もなく
あの東日本大震災から
10年と言うのに
まだまだ余震なるものがあるのだと
びっくりしました…
 
未災地と言われる
首都圏が地震におそわれたら…と
思うとゾッとします
たまに
建築会社さんで
地震に強い家とありますが
建物の構造が上がっても
果たしてどの程度か確証はないですし
隣家から火をもらえば
結局は…と思ってしまいます
私は
もしかしたら家そのものより
自分と場所の相性を重視する
タイプかもしれません
 
さて
1日に脳梗塞で倒れた父は
明日、
実家に近いリハビリ専門病院へ
転院します
 
昨日
着替えを持って行った時は
私の事も分かり
大きく手を振っていました
失語症状が改善され
簡単な挨拶や
「ありがとう!」は口癖のように
言ってくれます…との看護士さんの
話しでした
 
その父の部屋を片つけていると
父が大切にしてきた物
ウクレレが綺麗なタオルの上に
置かれていたり
仕事していた時に
友人から頂いた物は
とても綺麗にしたまま大切に
飾られています
 
変わりに窓やタンスの中は…
どうやったら
これだけクチャクチャになるやら
ため息の連続です
 
…………
 
昨夜は
長男夫婦が来て
母も一緒に食事にいきました
 
長男のお嫁さんのが
男性陣には
 
 
バレンタインのチョコを
女性陣には
クッキーを用意してくれました
母も喜んで
「みくちゃんは、本当に気がつくわね」と
嬉しそうに受け取っていました
 
父が入院して2週間
母がそこまで
父に頼り切った生活をしていたとは
女性は男性がいなくなると
イキイキすると聞いたりしますが
(私はそのタイプかも…(^-^;)
中々…心配な状況です
 
時々
 
 
こうして
手を振り上げてパワーをくれていた
桜井さんを
思い出しながら
自分もパワーを出さなきゃなんて
思うこの頃
 
話は戻りますが
東北地方のみならず
時に自然は容赦なく襲ってきます
備えはいつの日も
 
「うみ」でした。
少しずつ春の景色に変わって来ました



今日
仕事に行く時に見た
ボランティア先の河津桜の開花

今は
父の事もあり
ボランティア先には
出入りする事を辞めています

父のその後は
病院からの連絡のみで
私と母が会った日を境に
発語する事が困難になり
だからと言って
イライラする事もなく
穏やかにニコニコしてるとの事です

高齢者の頭の病気に起こりうる
失語症状のようですが…

来週に
今の病院からリハビリ専門病院へ
転院が決まりました
医師からは
自宅に戻る事は不可能と言われ
リハビリ専門病院にいる間に
介護認定をして施設の暮らしに
なるようです

正直、悔しくて悲しくて
信頼できる友人や親戚の者に
連絡をしています

本当は嫌だと思う
うみさん、がんばり屋さんだから…
うみさん、パワフルだから…
うみさん、真面目だから…
その言葉の後に
力を抜いてね!と
友人の存在には感謝しかありません

昨夜は父の弟夫婦と話をして
「うみちゃん、お父さんは
きっと感謝しているし
沢山のお友達に話をしたり
聞いてもらえたり
ましてや、お嫁さんに話せるって
本当に素晴らしい事なのよ
貴女の人徳だね!」
ヘルパーとして一昨年
75歳まで働いた叔母に言われた言葉

「今、やれる事に貴女が後悔しない事
大事な事は、それだけだから…
嫁姑の関係どころか
親子の関係すらできない方が
沢山いる中で
私は幸福なんだな
それを噛み締めながら
進んで欲しいのよ
お父さんには、自慢の娘だったんだから」

電話を切る時は涙が溢れました



この大きな病院の
救急救命センターから出れて
まだまだ父の事を思える
幸福を思いながら…

私の思う
穏やかで社交的な父に戻っている事すら
命を取り留めた事に
感謝しないといけないな!と
思うこの頃です

「うみ」でした。


春一番も吹き
ようやく春の気配を感じるこの頃

2月最初の更新が
まさか
こんなお知らせをするとは
思わず…

2月1日
朝、父が倒れました
母がすぐに気がつき
呼び掛けながら
右手を取ると全く力がない…

脳梗塞だ!と
救急車を呼び
運ばれた先は
実家のある市立病院救命救急センター

母の話を聞きながら
約5時間待ち
主治医と名乗る先生から
左脳に数ヶ所梗塞があり
今は右半身麻痺になっています
もう脳の梗塞を取り除く薬を
初めましたから
このまま入院となります
最低の書類を書いて頂き
すみやかにお帰り下さい
PCR検査の結果は電話します
良かった!命をとりとめた!

…??
ところで父の顔は…
そして看護士の方が書類を持って来て
署名をしていきます

我に返るまでに
考えたら何人の人の搬送を
ビニールカーテンの
向こうに見たのだろう…

さっきの人は
何故、タンカーごと
ビニールに覆われていたのだろう…

では
署名頂きましたので
あちらで手洗いうがいをして
速やかにお引き取りください

そうか…
コロナ渦の中
父にエールを送れないんだ

それから
PCR陰性の連絡が来て
昨日
主治医の先生の話しと
父の様子を見て来ました

病棟入り口の
特別室の前に父
「私が分かる?」
「うみだろう!忘れる訳ないだろ」
瞬間、涙が出ました

フラフラと酔っぱらいのように
歩く父
それも数メートル
数ヶ所の梗塞の内の1つ
バランス感覚を取る梗塞が
まだ残っています
あとは
理解ができいのか
病院の場所を話しても納得できては
いないようですね…

リハビリを1週間位して
こちらからリハビリ専門の病院へ
転院する事になりそうです

私は
亡くなった義父を見ていたので
高齢者の病気で
怖いのは
病気そのものと認知症なんですよね

これから病気に負けぬように
そして認知傾向が進まぬように
ただ
ただ
ひたすら祈り続けるしか
ありません…



寒い時期
脳梗塞は格段と患者が
増えるとの事ですが

今冬はコロナの事もあり
ストレスや過剰な労働
とにかく働かなきゃ…と
若い人の脳梗塞も
例年以上だそうです

上手く体の芯までゆっくり入浴して
温かくしてお休みください

自分の体は自分のものですね

「うみ」でした。


乾燥していてお天気が
2日程崩れて
雨になった後
あ!窓から見える富士山が
雪をかぶりました

富士山が爆発するんじゃないか?とか
色々言われていましたが
子供の頃から
描いた富士山は
必ず雪を被っていたので
この姿を見るとホッとするものです

…………

う~ん
そんな似たような事は
人の様にもあるかもしれませんね

真面目でしっかり者で
責任感が人一倍強い…
そんな事を周りから言われていた私

嫌なんですか!?
凄いじゃないですか!?
答えるとしたら
あんまり好きじゃありませんね

多分
小さな頃から
そう期待されていた私
両親や周りから言われていた私
今日も母に来た銀行からの通知の
解決や
損害保険の請求や
1つ1つ終えるたびに
「貴女、しっかり、してるから
回りは苦労しないね…」
言われてうんざりした私です

ポンポンと話が飛ぶようですが
今、ヨットでは
世界の旅を競う人達がいます
早い人達はゴールをしましたが
この中に
日本の選手がいます
荒れた海の中でスタート直後は
ハラハラさせましたが
あと1週間無事に走れば
素晴らしい結果でゴールを果たします
正に死ぬかいきるかの戦い

その、彼が報告した姿に


あ~、あ~、何やってるんだか。と
人は思っていても
他の選手が思っていても
私は
こういうの大好きです
ただ、勝ち負けの世界の中で
それだけに左右されるだけなら


人生楽しんだもの勝ち

真面目で責任感が強く
しっかり、してるから…
本当は比喩が違えど
こんな私です
(きっとヨットの中も肝心な所以外は
ぐちゃぐちゃに汚いだろうな)

そんなこんな
たまには海にアーシングだけで良いから
行きたいな~

「うみ」でした。
春の日射しが続いた横浜
どうやら明日から下り坂
日曜日の朝はみぞれ模様とか…
明日、明後日は仕事なんだけどなぁ…

この所
仕事場のスタッフで
学生の子供さんがいる
子供さんがウイルス感染して
濃厚接触者で
お休みされている方がいます
勿論、無論
その子が悪い訳ではなくて
一緒にいられる親御さんの気持ちを
察すると明日の我が身と思います

ウイルスの事を書き出したら
キリもないので
(今回の良く分からない緊急事態宣言
オリンピック開催についての事やら
挙げ句は予防接種の事まで…)

さて
今の私は…と言うと
週に数日位仕事に行き
週に1日、2日ボランティアに行くと
案外、時間に追われます

昔、昔
某電気メーカーの営業事務を
していた頃
毎朝、朝礼があり
順番で一言話をしました
男性が圧倒的に多い職場で
一言の話は
「車を買い換えました」とか
「○○へ旅して来ました」
そんな中で
「今は今ある時間を大切に使いましょう」と
言った人がいて
何を言っているのか
時間なんか限りなくあるでしょうに…
そんな事を思ったものです

先日
その話をした当の本人と
話をしました
(つまり、その人と私は結婚した
訳です(笑))

本人もきちんと覚えていて
「ネタが無かったと言えば
それまでだけど
あの頃の上司達を見ていて
そう思ったんだよね…」
私達もいつの間にか
その方々の年齢になり
時間は限りなくあるものではないと
身を持って思います

何であれ
亡くなるその寸前まで
悔いのない時間を送りたいと思います

…………
固い話のあとは…
折角でしたが
Mr.Childrenのロンドンでの
写真展は渋谷と言う事もあり
諦めもした…
会規も短く
緊急事態宣言中の事ですし

ただ
勝手にはまってる


こちら
るろうに検心は大丈夫かな…

そして
今は、
はれてその日が来たら
どこに旅しようと思いを巡らせながら
今は今ある時間の中で
身辺の不要品を処分したり
部屋の中を必要な物だけにと
気持ちが良いものです



それから
このやんちゃ坊主君を
近所のペットショップに連れて
フード買ったりの毎日

きっと
次に旅する時
次にライブに参戦できる時は
物凄い感動でしょうね

「うみ」でした。

昼間は暖かく感じた横浜
日が暮れる頃からひんやりしてきました

今日は
珍しく残業を申し出て
いつもより遅めの帰宅になりました
申し出た理由は


今日から
年末年始のお休みの
代休に入った次男の
夕飯作るよ!の声に
甘えた次第です

朝は家族の洗濯をして
くうちゃんの遊び相手をして
部屋の片付けをして
夕飯の支度をして
せっかくのお休み初日は
主婦顔負けです…

実は
今日、
次男がそんな風に動いていたのは
安堵した事がありました

年末、
クリスマス前から某県の大学病院に
泊まり込みで仕事でした
(医療系のITにストップの日は
ありません)
特に新規参入した場所は
軌道に乗るまで一定の日にちが
かかります

そして
それが必要以上長くなった理由には
コロナウィルスの事もあります
もし
チームの誰かが感染したら
チームは丸ごと動けなくなります
グリーンルームで作業するのも
手術着を着て
その上から上下分かれた雨合羽着て
頑丈なテープで止めて
作業して行きます

全てが終わった年末から
今日は半月たって
チームの感染者はなし
安堵の日でした



ひたすら
自分を隔離して
ストレス貯まると
室内で汗流して…

…………

コロナウィルスを
必要以上怖がる事はないのかな…

充分に睡眠取り
栄養を取り
程よく運動して過ごす

そうは言っても
ついつい言いたくなる
何故に
あんなにご年配の方々は
無防備なんだろう…
「私はね1人暮らしなのよ!
だから何の病気にかかっても
関係ないのよ」
同調する同行の年配のお友達
頭にパンチくらったような
バスの中の人の会話に疲弊しました



だいぶ前に見た紅梅

少しずつ
暖かい日が出て来るかな
そろそろ
我が家の桜の花の蕾も
膨らんで来る事でしょう!

「うみ」でした。
冬らしいお天気の横浜

今晩はボランティア初めでした

以前も書きましたが
コロナ渦で利用している方は
より緊急性があり
早く何らかの処置をしないと
いけない子供さんの親族の方になります

地方の病院から
子供医療の中心を担う
神奈川県立こども医療センターに
最後の望みを託す親御さんも
沢山いられます

今日は
2組の利用者の方が新たに入りました
夕方になり
沢山の荷物とともに入られたお母さん
入室されて
最初の質問が
「キッチン自由に使えますか?」
でした…

私もボランティア1年半
ピン!と来ました
例えば病院食を受け付けない時
お医者様から許可があれば
自由にお使い頂けますし
お手伝いしますので…
点滴投与だけより、
お母様のお作りになった物なら
栄養面だけでなく精神的にも
良いと思いますし…

あんなに元気で病気1つしない子が
癌と言われて
今日は転移してると分かって
あ、ごめんなさい…
私、頭がパニック状態で…

涙を流しながら
話す事をやめた時に

いつも
他に吐き出したい事はないのかな?と
思っています…

家族以外に知らない事を
垣根を越える勇気を持って
吐き出させてあげるのか
それを止めてしまうのかは
その後の利用者の方の
束の間の安心感が得られらか
否かに大きく変わります

お母様、
患児さんのお子様1人ですか?
胸のつかえを少しずつ広げると
私の父が同居してるのですが
患児の子供の妹には
全てを見れる訳ではなくて

そうなんですよね…
患児さんの事に100%でいられる方は
本当に少ない事です

だから
せめてその胸の中にある
つかえを話してもらえたら
背負い込む荷物が軽くなるかもしれない
何か知恵があるかもしれない

そんな事を思いながら
夜の道を歩いて帰りました



早く暖かい陽射しが
射して
又、
元気に家族の所に帰れますように!

「うみ」でした。








今日も
柔らかい冬の陽射しがさす
横浜です

今年は
早くからお休み頂いて
ゆっくり過ごしていましたが

昨日は
長男夫婦が遊びに来て
くうちゃんもデレデレ(笑)


普段は大人しく抱かれていない
わんぱく坊主ですが(笑)
ご覧の通りでした

夕方
私の弟が
長男夫婦の家の書類申請を
整えて
大まかな間取りについて
話をしていました

勾配天井?
吹き抜け?
半ば建て売りとは言え
セミオーダーにするだけで
そこまで予算内でできるんだ…と

私達は
勝手にここ私の部屋で
くうちゃんはここね…と
冗談話しても
お嫁さんは嫌な顔1つせずに
どうぞ、どうぞ!と言う姿見て
嬉しくなりました

来週には本契約になり
3月から工事が始まります

学生時代から今の仕事場を
確立すべき彼女の引っ越しは
既に10回以上
今年は15回目?の引っ越しが
待っているようです

上手くサポートしてあげながら
2人が楽しく家作りができたら
そんな事を思います

……………

前職の先輩からお年賀状を頂き
ウイルスに翻弄された
この時勢に
ご結婚をしたり、ご出産されたり
家を建てたり、旅をしたり
私達、そんな喜び事に
鈍感になってましたよね

その言葉になるほど…と思いました

もしかしたら
元気に家族が顔を合わせる事だけで
幸福な事かもしれません

さて
今日から私は仕事です
元気に仕事をできる事に
感謝して
今年もボチボチですが
宜しくお願い致します

「うみ」でした。





いよいよ

今年も数時間となりました
 
皆さま
お元気でお仕事終わられたり
お正月の準備を終わられたり
忙しい1日でしたでしょうね
 
ただ
帰省を予定していた方
旅行を予定していた方
果たせずに自宅での年末年始でしょうか
 
私も結婚して初めての自宅だけの
年末年始です…
高齢の両親には
宅配や公的機関からのヘルパーさんが
支援下さりお願いする事になりました
…………
 
 
 
さて
ここ…
横浜のある最寄り駅から
6.7分の土地になります
 
長男が今年、トントン拍子で
結婚式をして
新しい家族ができ
 
この年末には
私の弟が走り抜いてくれて
目指す場所にご縁を繋いでくれました
 
本当は
私達がすみたい位に
私も好きな街の1つです
 
コロナ渦の中で
軽井沢でお式を挙げて
その最中
新しい家を建てる事ができる事は
私も長男夫婦の日々の努力が
実を結ぶようで嬉しく思います
そっと家族で見守りながら
背中を押してあげたいと思います
 
 
 
いつもの年のように
玄関先にはしめ縄飾り
簡単ですが
前職での賜物かな…
 
今年は
玄関周りや窓のお掃除をするには
暖かい日が続いてました
キラキラな陽射しが入る事で
ワクワク感がますようで
いつになく綺麗な玄関と窓ガラスです
 
………
1つだけ悲しかったのは
愛犬、チョコちゃんがいなくなった事
 
耐え切れないように
くうちゃんと言う
同じチワワの男の子を迎えましたが
 
チョコちゃんが上手かった事は
くうちゃんは下手で
くうちゃんが上手い事は
チョコちゃんは下手だったな…なんて
思いながら
 
賑やかな我が家には
変わりありません
 
正直、
まだチョコちゃんの事は
忘れられませんが
それはそれ大事に胸にしまっておきます
 
「今年もありがとうございました」
「コロナ渦の中で転職を
余儀なくされた方、
生活に不安が出てきた方
きっと明るい光が射すと信じて
歩いて行きましょう!」
 
終わらない事は何1つないと
そんな事を思います
 
「うみ」でした。