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胎盤の病理検査の結果を聞くため

主人と産院へ

 

すぐに先生に検査結果の紙を渡され

「感染は軽度であった」と書いてあった。

 

新を産んだ後の胎盤と比べてある項目もあり

新の時の感染のほうがひどかったこともわかった。

 

やはり「子宮頚管無力症」の可能性が1番でしょう。と。

 

生理が来たら不育症の検査をしてみたらどうかな?

この医院では出来ないから

前回話した市立病院ですることになるけど・・・

 

私たちも不育症検査をしたいと思っていて

ネットで有名な医師に診てもらおうかと

考えたりしていました。

なので、まず近くの病院でできる検査は

受けてみようと思い

「わかりました。生理が来たら紹介お願いします」

「あとは、今後何かあったら市立病院へ

行くと良いのでしょうか?」と聞くと

先生は「そうですね。次回の妊娠の事も考えますと

市立病院の先生にお願いしたほうがいいと思います。」と言われ

内心、少しホッとした。

ここにはもう来たくないと思っていたので・・・。

生理が再開したら

紹介状をもらうために来ないといけないけど

それだけなら、行ける、耐えれるはず。

 

新と晴を取り上げてもらった先生には感謝しています。

でも助けられなかったことが何より苦しくて

産院に来るたびに思い出す。

楽しみだったエコーに映るの時間。

赤ちゃん亡くなっています。と言われた絶望の時間。

それは何日経っても何年経っても消えない。

ここに来なくなっても消えることはない。

 

最後にありがとうございました。

お世話になりました。と言い

睡眠薬とデパスをもらって産院を出ました。

 

帰ってからは

疲れと感情が一気に溢れて

泣きまくった。

主人も疲れたはずなのに

何もしなくていいからね。

ゆっくり休んでていいからね。と言ってくれた。

ありがたいのと申し訳ないのとでいっぱいだ。

 

 

 

 

新・・・

 

晴・・・

 

パパ・・・

 

何も出来なくて

ごめんね。