恋人の名前を呼んだ。

私の知っている、その名前をした彼はこんな顔だったかしら?

そう思うけれど

私はなんたって疲れているし寂しいし

彼を失ったら羽を休める場所がない。


そんな悲壮感を研ぎ澄ましているのに

彼は何も言わずにこっちを見たまま。


居てもたってもいられずに抱き着いたら

「違うでしょ」と一言。


そんなことない、

ここで私を突き放すなんてことしないで!

必死の思いで背中に腕をまわして、

ふと左を向いたら

好きで好きで思いつめていた人が、そこにいた。


はっとして目の前の恋人を見つめようとしたら

もうそこには誰もいなくて

恋い焦がれた相手の手に触れたら、

なんだか全ての合点がいった。


という、なんとも都合の良い夢を見た。

でもそこでハッキリわかった。

何かを手放すとき、手放すタイミングは

自分では決められないのだということに。


あきらめるとき、

てばなすとき、

私は割に「先手を打つ」方だと思う。

そしてものにも人にも執着する。


あぁ、長くかかったけど

やっとこれから手放す準備ができるんだ

あの時の気持ちを、

そして去年の自分を。


何かを追いかけているとき、

それはその「何か」を手に入れるタイミングではなくて

手に入れるために様々な手段を講じて

失敗して傷ついて

そこから自分にとって必要なものを

抽出して、残りを捨て去った時に初めて

追いかけていた「何か」も手元にやってくる。


そういうことなのかも。


手放すことになるものは

きっと割合に多くて

その中には「惜しいな」と感じるものもたくさんある。


けれど手放しても

縁のあるものは、いつかまた出会うし

手放したことで

違う素敵なものがやってくるかもしれない。


去年からしばらく

私をかえてくれた世界から

たぶん、すこし違う世界へ旅立つ時が来てる。


手放してゆく、準備をしよう。

朝、眠たい目をこすりながら玄関のドアを開けると

思いもよらない光景が飛び込んできた。


隣のマンションにいる、警察の鑑識捜査員。

ビニールシートを持つ人、写真を撮る人。

すぐに思った、「誰か飛び降りたな」


ここはマンションの中層階、

同じ目線に人がたくさんいる訳がないのだ。

あわてて携帯電話を取り出し、野次馬よろしく撮影する。

だって、幼児が誤って転落していたら?

誰かがつきおとしている、事件だったら?


どこから飛び降りたんだろう、

手すりはどのくらいの高さだろうと上を見る。

きっと飛び降りた場所にも捜査員がいるはずだ。


そこまで考えて、げんなりする。

目の前に鑑識がいるということは、

そこが誰かの最期の場所だということ。

悼む気持ちはどこへいったのだ。


申し訳ないことをしたと

踵をかえそうとした時、見た。

赤茶色の血に染まった、白い布を

ひらりと広げた警察官。


そう、そうなんだ。

人が飛び降りるということは

あたり一面血の海になっているはずだし

この高さを考えれば

きっとその人はこもうこの世界にはいないんだ。


ドア一枚、直線距離にすれば100mもないような

ほんの目と鼻の先にた私は

誰かが空を舞ったその瞬間、

いつもと変わらない朝を迎えていた。

そして現実味を帯びないまま

今日もまた、誰かの事故や

誰かのケガ、ケンカ、トラブルを

どこか遠くの国で起きたことのように

醒めた顔して書き立てるんだ。




今も忘れられない臭いがある。

あたり一面に鉄のような、

にぶい臭いがしていたあの日。

タオルに浸み込んだ真っ赤な血液は

朱肉みたいだ、とぼんやりおもった。


降り続く雨を吸い込み、ヘドロのような臭いを放つ

かつて山だった大量の土砂、

ひっくりかえった車からもれでたガソリン、

夏場の体育館にすしづめにされた人の汗。


ひとつひとつ、心をこめて向き合いたい。

すべては誰かのたいせつなたいせつな

命に、人生に、あしたに関わることだから。

だけどそしたら、私が壊れてしまうかもしれない。


そう怯んでわが身を甘やかし

気が付けば私は自分で自分に緩急をつけられる

オトナになってしまった。


あしたがあるのはしあわせなんだよ。


言葉の意味の通りに

つぶやく権利が、まだ私には残っているのだろうか、否か。


動いた。
とても動いた3月で、めまぐるしくて
色々置き忘れている気もするけれど
間もなく4月。
大仕事が待っている。

いま、考えや気持ちを纏めようとしていること。
①初めて目にした被災地と、そこにあった「暮らし」
②自分のまちは、自分で守る。油津のココロ
③これからの私と仕事
④居場所を愛した先に見えてきたこと

おいおい、これはきちんと残すとして。
居場所を変える、という選択肢が降ってわき
頭とお腹とココロがばらばら、
そんな自分が甘えている気がする。

ずっと雨模様だったのを
ふわりと虹が浮かぶようにしてくれたのは
「どっちを選んでも、正解だよ」という
同僚の一言だった。

さりげなく、というか淡々と
余計な熱量を全く持たずに言われた、
誰にでも口に出せる言葉なのに。

胸がすく
という言い回しは
このことを言うのかと
ココロの真ん中を突風が吹き抜けていった。

考えたり、感じることが大切で
結果がどうなっても
それはそれで正解なのだ。

分かっていても、
自分に言い聞かせていても
時おり誰かに認めてもらうってたいせつ。

私には私のペースが、きっとある。