恋人の名前を呼んだ。
私の知っている、その名前をした彼はこんな顔だったかしら?
そう思うけれど
私はなんたって疲れているし寂しいし
彼を失ったら羽を休める場所がない。
そんな悲壮感を研ぎ澄ましているのに
彼は何も言わずにこっちを見たまま。
居てもたってもいられずに抱き着いたら
「違うでしょ」と一言。
そんなことない、
ここで私を突き放すなんてことしないで!
必死の思いで背中に腕をまわして、
ふと左を向いたら
好きで好きで思いつめていた人が、そこにいた。
はっとして目の前の恋人を見つめようとしたら
もうそこには誰もいなくて
恋い焦がれた相手の手に触れたら、
なんだか全ての合点がいった。
という、なんとも都合の良い夢を見た。
でもそこでハッキリわかった。
何かを手放すとき、手放すタイミングは
自分では決められないのだということに。
あきらめるとき、
てばなすとき、
私は割に「先手を打つ」方だと思う。
そしてものにも人にも執着する。
あぁ、長くかかったけど
やっとこれから手放す準備ができるんだ
あの時の気持ちを、
そして去年の自分を。
何かを追いかけているとき、
それはその「何か」を手に入れるタイミングではなくて
手に入れるために様々な手段を講じて
失敗して傷ついて
そこから自分にとって必要なものを
抽出して、残りを捨て去った時に初めて
追いかけていた「何か」も手元にやってくる。
そういうことなのかも。
手放すことになるものは
きっと割合に多くて
その中には「惜しいな」と感じるものもたくさんある。
けれど手放しても
縁のあるものは、いつかまた出会うし
手放したことで
違う素敵なものがやってくるかもしれない。
去年からしばらく
私をかえてくれた世界から
たぶん、すこし違う世界へ旅立つ時が来てる。
手放してゆく、準備をしよう。
