アンネの日記が綴られた場所(オランダ、アムステルダム)
2013年2月5日
アムステルダム空港からは電車でセントラル駅(4.4ユーロ)そこからトラム(2.8ユーロ)でホステルへと向かう。
ホステルへの地図をコピーし忘れたので、トラムの駅に着いてからの行き方が全くわからない。。。
どうしよう、周りにWIFI使えそうな場所もないし。。。
コンサートホールの前でプカプカとタバコを吸っている女性に訊くと、とても親切に携帯を取り出して、Google mapで調べてくれた。
ホステルアネモネはドミトリーで一泊1500円ほど。朝食付き、wifi有り、ネットもただ、キッチンもある。コンサートホール、ゴッホ美術館、スーパーが近くにある。スタッフもとてもフレンドリーだった。アムステルダムはマリファナが合法であることで有名だが、ホステルの中では吸うことを禁止している。
ホステルで出会った多国籍な旅人たちとハイネケンビールを飲みながら語り合った。
アムステルビア☆
2月6日
この日はアムステルダムの街をブラブラする。西欧風のオシャレな建物が並び、街はきれいに整備されている。
私が1番行ってみたかった「アンネフランク博物館」を発見。
「アンネの日記」と言えばほとんどの人が一度は聞いたことがあるだろう。
アンネ・フランクについて説明しよう。
彼女はユダヤ人だ。第二次世界大戦でヒトラーが行ったユダヤ人虐殺はご存知のことだろう。迫害から逃れるために彼女の家族はオランダのアムステルダムへと亡命した。オランダがドイツに占領されると、オランダでも「ユダヤ人狩り」が始まった。
彼女は約2年間、アムステルダムの家の中に隠れ続けた。ここでの生活をアンネは日記に残した。戦争とゲシュタポ(ドイツの秘密警察)の恐怖の中、力強く生きる少女の内的葛藤と成長が記されている。15歳の時にゲシュタポに見つかり、住人8人全員が強制収容所へと連れていかれることになる。アンネは収容所の中でチフスに感染し、15歳の若さで亡くなった。連れていかれるまでの間の生活について綴った悲痛な思いを日記を、8人の中で唯一生き延びた父親オットーが1947年に「アンネの日記」を出版した。
現在では世界55カ国語に翻訳され、出版数は2500万部を超えると言われている。
館内の出口付近では、世界中の人権を取り上げたビデオを見ることができる。ネオナチの問題(ドイツではヒトラーの写真やイラストの入った服を着ることは禁止されている)、ムスリム女性のスカーフの問題(ムスリムの女性のかぶっているスカーフを禁止した学校)、Facebookの制限に関する問題(Facebookでホロコースト反対などのコミュニティ制限)などとても興味深かった。
もし、みなさんがアムステルダムに行く機会があれば、アンネの家に必ず立ち寄っていただきたい。日本人はよく平和ボケしてしまっていると言われている。しかしこの家を訪れることで、二度と繰り返してはならない戦争の悲惨さ、今私たちがどれだけ恵まれた社会の中で生きているかということを実感するだろう。
夕方から、8年前にオーストラリアで一緒に住んでいたケイトがアムステルダムの街を案内してくれるらしい。私はそれまで街の中を一人でぶらぶら歩き回った。
ブログランキング参加してます☆
再びブログを書き始めて、ようやく順位が上がって来ました!
ただいま世界一周2042サイトの中で126位!
皆さんのワンクリックでランキングが上がる仕組みなんです。
お手数ですが皆さん、少年の笑顔に1 click お願いします!!
怪しいサイトに飛んだりしないのでご安心ください。。。(笑)

にほんブログ村
アムステルダム空港からは電車でセントラル駅(4.4ユーロ)そこからトラム(2.8ユーロ)でホステルへと向かう。
ホステルへの地図をコピーし忘れたので、トラムの駅に着いてからの行き方が全くわからない。。。
どうしよう、周りにWIFI使えそうな場所もないし。。。
コンサートホールの前でプカプカとタバコを吸っている女性に訊くと、とても親切に携帯を取り出して、Google mapで調べてくれた。
ホステルアネモネはドミトリーで一泊1500円ほど。朝食付き、wifi有り、ネットもただ、キッチンもある。コンサートホール、ゴッホ美術館、スーパーが近くにある。スタッフもとてもフレンドリーだった。アムステルダムはマリファナが合法であることで有名だが、ホステルの中では吸うことを禁止している。
ホステルで出会った多国籍な旅人たちとハイネケンビールを飲みながら語り合った。
アムステルビア☆
2月6日
この日はアムステルダムの街をブラブラする。西欧風のオシャレな建物が並び、街はきれいに整備されている。
私が1番行ってみたかった「アンネフランク博物館」を発見。
「アンネの日記」と言えばほとんどの人が一度は聞いたことがあるだろう。
アンネ・フランクについて説明しよう。
彼女はユダヤ人だ。第二次世界大戦でヒトラーが行ったユダヤ人虐殺はご存知のことだろう。迫害から逃れるために彼女の家族はオランダのアムステルダムへと亡命した。オランダがドイツに占領されると、オランダでも「ユダヤ人狩り」が始まった。
彼女は約2年間、アムステルダムの家の中に隠れ続けた。ここでの生活をアンネは日記に残した。戦争とゲシュタポ(ドイツの秘密警察)の恐怖の中、力強く生きる少女の内的葛藤と成長が記されている。15歳の時にゲシュタポに見つかり、住人8人全員が強制収容所へと連れていかれることになる。アンネは収容所の中でチフスに感染し、15歳の若さで亡くなった。連れていかれるまでの間の生活について綴った悲痛な思いを日記を、8人の中で唯一生き延びた父親オットーが1947年に「アンネの日記」を出版した。
現在では世界55カ国語に翻訳され、出版数は2500万部を超えると言われている。
館内の出口付近では、世界中の人権を取り上げたビデオを見ることができる。ネオナチの問題(ドイツではヒトラーの写真やイラストの入った服を着ることは禁止されている)、ムスリム女性のスカーフの問題(ムスリムの女性のかぶっているスカーフを禁止した学校)、Facebookの制限に関する問題(Facebookでホロコースト反対などのコミュニティ制限)などとても興味深かった。
もし、みなさんがアムステルダムに行く機会があれば、アンネの家に必ず立ち寄っていただきたい。日本人はよく平和ボケしてしまっていると言われている。しかしこの家を訪れることで、二度と繰り返してはならない戦争の悲惨さ、今私たちがどれだけ恵まれた社会の中で生きているかということを実感するだろう。
夕方から、8年前にオーストラリアで一緒に住んでいたケイトがアムステルダムの街を案内してくれるらしい。私はそれまで街の中を一人でぶらぶら歩き回った。
ブログランキング参加してます☆
再びブログを書き始めて、ようやく順位が上がって来ました!
ただいま世界一周2042サイトの中で126位!
皆さんのワンクリックでランキングが上がる仕組みなんです。
お手数ですが皆さん、少年の笑顔に1 click お願いします!!
怪しいサイトに飛んだりしないのでご安心ください。。。(笑)

にほんブログ村














