禧龍 | 京都1975

禧龍

禧龍 うだつの上がらない浪人生時代、京都大丸の近くにある雀荘で、店番のアルバイトをしていた頃のお話。当時この雀荘は、京都で1、2を争う程の規模で、ビジネス街の中心にあるということもあって、毎日わりと繁盛していた。客層は、リーマンオンリー。仕事帰りに立ち寄り、麻雀をしながら晩飯を食うというのが基本スタイルで、この雀荘では客の注文に応じて、近くの和食店、中華料理店等に出前をとることにしていた。このときの一番人気が「禧龍」という中華料理店の天津飯であった。おかもちで次々と運ばれてくる天津飯。うつわに覆い被さるラップを剥がすとむわっと熱気がたちこめる。こんなに熱々で美味そうな天津飯を、麻雀のついでに貪る雀鬼たち。視線は天津飯にあらず、麻雀牌にあり、である。日々繰り返されるこの風景に、何故かある種のジェラシーが芽生えつつあった……。そして当時、天津飯というものを食したことが無かった私が、自らの分を注文するに至るまで、そう時間はかからなかった。
大学に合格したのを期にアルバイトを辞めた後、麻雀店はいつの間にか潰れていた。そして私はというと、いつの間にか中華料理店で天津飯を注文するのが当たり前になっていた。でも、色々な店で食べてみても、どこか腑に落ちない部分があった。何かが足りない。さらに時は流れ、社会人生活を送っていたある日のこと、街を歩いているとばったり「禧龍」の実物に遭遇する。浪人生当時、出前だけで実物を知り得なかった「禧龍」であるが、その正体は果たして立派な中華料理店で、付近のリーマン御用達の人気店なのであった。言わずもがな、店に入り天津飯を注文、目の前に出てきたのはまさしく「あの日」の天津飯であった。さらさらの、透明なあんの天津飯ばかり食べてきたが、「禧龍」のあんはとろみがあり、少し白濁していることに今更気付く。甘すぎず、辛すぎず、中華ダシがたっぷりと効いている、かなり濃厚なあんの風味。正直、既にどんな味だったのかをほとんど忘れかけていたが、舌の記憶が当時の雀荘風景を思い起こさせた。実は、現在勤めている会社から程ない場所にあることが分かり、たまに中華を食べたくなったときは利用することにしている。今のところ、「禧龍」より美味い天津飯に出会ったことがない。単なる、ひよこの「すりこみ」のようなものかも知れないが……。

禧龍 (キリュウ)
★★★★★ 4.5