アベノミクスの指南役である浜田宏一氏(イェール大学名誉教授)が著書の中で、(穏やかながら、しかしハッキリと)批判していたので、ベストセラー本『デフレの正体』を書いた藻谷浩介なる人物は、どんな思想を持っているのか興味津々だった。


そこで、他の人との共著である『金融緩和の罠』(集英社新書)を手にとってみたのだが、読み進めるうちに、藻谷浩介という人間は、頑固に俗流経済学(エセ経済学とも言う)を信奉していることに気づいた。

何とか我慢して読んでいたのだが、とうとう35ページのところで放り投げてしまった次第である。


あまりに腹が立ってしょうがなかったので、以下のレビューをアマゾンに書き込んだ。



 多くの方々が非常に詳しくデータを引用して批判しておられるので、私は読むに耐えられなくなって放り出した35頁よりも前、すなわち藻谷浩介氏の発言や主張を二箇所に絞って批判したい。

 まず、24頁に掲載されている「図1 戦後日本の生産年齢人口と就業者数」というグラフを根拠に、藻谷氏は生産年齢人口の増減と就業者数の増減には強い相関関係があると主張しておられる。だが、この図には小さく




「石油ショック持の7075年をのぞくとR2乗=0.91




 と書かれている。藻谷氏は、194749年生まれの団塊の世代が、2012年頃からどんどん退職していくということを憂いているのだが、その一方で、団塊の世代が労働市場に大挙して参入した1970年前後を含む197075年のデータを捨象、すなわち切り捨てて自説を展開しているのだ。

 この197075年はまさしくオイルショックで戦後初めてGDPはマイナス成長を示し、高度経済成長が終わった時期なのである。件のグラフを見ると、197075年は最も生産年齢人口が増加している時期なのに、平成のバブル崩壊以前では最も就業者人口が少なくなっている。

 何を隠そう、このグラフこそが藻谷氏が否定する「日本の雇用の増減は景気次第」ということを証明し、氏が主張する「日本の雇用の増減は生産年齢人口の増減次第」ということを否定しているのではないだろうか。

 次に、




「そもそも、ファクトベースで考えれば、一九九〇年代後半以降極端に値崩れしている商品の分野と、むしろ値上がりしている商品の分野と、日本には両方あることに気づくでしょう。後者の典型例がたとえばガソリンであり、ガソリンの二倍以上の単価で売られているペットボトルの水です。そもそも一九八〇年代までは、ペットボトル入りの水なんて誰も買わずに水道水を飲んでいましたよね。あるいは、スターバックスコーヒーの諸商品です。パンでもケーキでも、手づくりの専門店では昔よりずっと高価なものが売れている。車でも、アウディやフェラーリが好調です。ワインも日本酒も、安いものから売れているなんてことはない。

 すべての商品が値崩れしているわけではないということは、マクロ経済学のいう、物価が一律に下がっていく貨幣現象としてのデフレが起きているわけではないということなのです」p.35




 インフレかデフレかを判断する指標には二種類ある。すべての財・サービスの生産量と価格の変化を調査する「GDPデフレーター」と、標準的な家計が購入する財・サービスの価格の変化を調査する「消費者物価指数」である。

 どちらも欠点があり、前者は個人や家計が購入しないような財・サービス、例えば貨物船、道路や橋なんかかが含まれる。後者は、家計が同じ種類の財・サービスと同じ量だけ買い続けると仮定しているから、(特にガソリンや灯油などのエネルギー分野において)急激な値上がりによる財・サービスの買い控えや代替商品の購入といった変化が測定できないなどの問題点を抱えている。

 だが、両者は多少の誤差はあれど、ほぼ一致した数値を示して物価水準、すなわちインフレかデフレかということを我々に教えてくれるのである。

 さて、藻谷氏はペットボトルの水や喫茶店のコーヒー、自動車などを例示して「日本はデフレとは言えない」と言っている。だが、個人や家計が購入する、これらの財・サービスの価格だけを見て物価水準を判断できるであろうか?

 もちろん、答えは「ノー」である。社会を見渡してみればいい。個人や家計が購入しない財・サービスの生産に従事している人々がどれだけいることか。いくら、身近で売られている財・サービスの中には値上がりしているものがあるとしても、多くの人々を雇用している「個人や家計が購入しない財・サービスである貨物船、道路や橋など」を生産している企業の生産物の価格が下落して、それが賃金に跳ね返ってきたら、それをデフレと言わずして何というのか?




 以上のことから、アベノミクスの指南役である浜田宏一先生(イェール大学名誉教授)が、藻谷氏の書いた『デフレの正体』を酷評している理由がわかるであろう。


『デフレの正体』がベストセラーになったこともあるだろう。困ったことに、人気にあやかりたいと考えたとしか思えないメディアが、彼を引っ張り出している。



一時、『報道ステーション』で準レギュラー・コメンテーターみたいになっていた時期があったし、更にはNHKが彼と組んで本まで出版してしまった。



ミクロ経済学を無視してマクロ経済学の都合が良い理論ばかりを抜き出し、アベノミクスを礼賛する「どマクロ」経済評論家が多数いることは問題だが、マクロ経済学を無視し、ミクロ経済学を都合良く解釈する「どミクロ」経済評論家が存在するとは!



とにかく、この人の言うことは全く傾聴に値しない!