種族の違う存在と話すと、色んな発見があります。
私には長い間ついてくれている天狗がいます。(自覚したのは最近です)
たまに話しかけてくれるのですが…これがなかなか面白いです。
天狗には人間だった経験がないので、感覚が人間とは違うんですね。
なので違った刺激というか、新しい視点をもらえます。
例えば「辛いことがありすぎて、心が何も感じなくなった。楽しくもないし嬉しくもない…」と相談したとします。
生前人間だった神社の神さまだったら「おーおー。それは大変だ。辛かったなあ。少しでも癒されていきなさい」とよしよし慰めてくれるでしょう。
ですが天狗だったら…「辛いことに耐えるために適応したんだろう。それでいいではないか」とでも言うかもしれません
(きちんと話せば通じます)
一見冷たいように見えますが、これは考え方…というか種族が違うだけです。
天狗は修行僧です。私たち人間がご飯を食べて眠るように、ごくごく自然に当たり前に修行する存在です。
天狗にとって痛みや苦しみは、自分を向上させる道具のようなものであり、決して忌諱するものではないのです。
私は人間なので、できる限り苦しみを遠ざけたいと感じますが…天狗は違います。
痛みや苦しみの末に、自分自身が向上したならそれは最も良いことである、という考えです。
一理ある、と思います。辛くないほうがいいですが
でもこの天狗の、人の痛みや苦しみに同情しない淡々とした態度が私は結構好きです。カラッとサラッとドシっとした感じが。
楽観的でもなく、悲観的でもなく…怒りも持たずにただ淡々と向上していくこの感じこそ、目指すべきとこだなぁと思います。