生き物を平等に大切に思う80代の伊藤さんに出会った。かつては誰もが知る大手企業に勤めていたという。白猫との出会いをきっかけに、その家族を自費で去勢・避妊し、8年間、今では9年間にもわたり毎日2回世話を続けている。自宅は動物を飼えない環境で、動物保護施設に問い合わせてもどこも満員で引き取りはできない。それでも「生きている命を殺処分にはできない」と国の基準を守りながら保護活動を行っている。もしこれがメリカなら、皆で支え合って動物保護をするだろうが、日本では批判や非難の声が多い。
弱い生き物には無情な現実ばかり。これが日本の現実だ。
「えさをやるな」と怒鳴る人や、「えさや禁止」の標語。
本来なら「生き物を捨てるな」という標語であるべきで、「さやり禁止」ではないはず。お腹がすく辛さは、人も動物も同じだ。そもそも戦争だって、食べ物を得て生き延びるために起こるものだ。先日、カルガモの親子が道路を渡る場面に遭遇した伊藤さんは、数人協力を頼み、無事に横断させた。
テレビでは警官まで出動してカルガモ親子を映す映像が流れているが、実際はまったく違う。
「野生だからを出すな」というのが現場の現実。
テレビに映る警官出動の場面とは大いで、大勢が見ている時と見ていない時では対応が全く異なる。
優しい心を持つ人を傷つける言葉や対応ばかり。これが庶民が受ける保護活動の現実。カメラがれば、人目を引く損得勘定で動く保護。パフォーマンスと偽善を売りに、売名目的で利用するのが大半のTVや自治体。これが日本とアメリカの違いなのかもしれない。「命を守ろう。人にも自然にもやさしい」という市のキャッチコピー、どこが?嘘と偽りだらけで、取り締まってほしいと思う。キャッチコピーは無いから掲げるものなのに、人はあると信じてしまう。標語に騙されるな。姑息すぎて、いつも現実との差に憤りを感じる。人権、弱者保護、差別も同じで、掲げるしおりなども中身はなく、人目を引くための道具の言葉に過ぎない。掲げた言葉とは真逆の現実と対応ばかりだ。
いじめがない?隠ぺいしているだけじゃないのか。もういい加減、嘘はやめほしい。見るたびに心が疲れてしまう。