お知らせもせず突然なにも書けなくなってしまい、本当に申し訳ありません。
詳しくは書けないのですが、夫の仕事のことでネットに何か書き込みすることが出来なくなり、こちらにアクセスすると書かずにいられなくなるのがわかっていたので見ることもできませんでした。
心寄せて、祈り寄り添ってくださっていることに応えられず、とても心苦しい日々でした。
どうしたらよいか途方に暮れ、でも家庭の中では笑顔でいなくてはと必死で困憊していました。
昨日がmimiさんの帰天日でした。
それを機のようにして実は私を心配して連絡をくださった方がいて、ブログコメントをコピーして私に送ってくださいました。
本当は私を心配してくださる方々をなんとか繋げようと、mimiさんの日をあげてコンタクトを取ってくださったのです。
そして、11ヶ月ぶりに恐る恐るこちらを見に来ました。
やはり愛あることばをコメントに残してくださった方がおられました。ありがとうございます。そして返信もせず申し訳ありません。
私は以前と変わらぬ生活をしているように見えて、というか、努めてそのように暮らしつつ、心配や痛み、不安にいつも追われていました。
けれど、慣れるものですね。
夫も、人間は生きていくためには慣れていくものなんだ、と言うようになりました。
夫は一時は精神的に参ってしまっているように見えましたが、反転した状況下で、やるべきことをなんとか緩やかに着地させるように仕事に向かっています。
私は祈れなくなり、なぜ、や、どうしたらよいかばかりでしたが、自分の不安まで夫に負わせることはしたくなくて耐えてきたつもりです。
でも時々に、ああ、誰かの祈りが、誰かの想いが神に届けられて、私が今日も日常を送れているんだと感じることがありました。
明日ブログにアクセスしよう、と何十回も思ったのですが、その度にまた新たに耐えなければならないことが起こる、の繰り返しで今に至ります。
お一人おひとりに申し訳なさと感謝をお伝えしなければならないところを、今日はこれで精一杯で、失礼をお許しください。
こんな状況になりながらも、まだ私は私の神を否定できません。心から祈れるときは少なくても、口先だけの祈りでも、自分の中から唯ひとりの神へ願いや感謝が出てくる。
時に滑稽ささえ覚えても、自分はそうなんだなと今内側を見つめています。



























































































