
交通事故からの高次脳機能障害で、生活訓練のための施設へ入所して丸2年が経ち、先日退園式に行ってきました

施設に入所して変わったこと!
それは何より3男の表情が出てきたこと

そして就労への希望が持て前向きになりました

入所前は、無表情・無気力なことが多い毎日を過ごしていました

脳の意疲労が激しく、何かやっている途中でも眠りに落ちてしまう>_<
何かしていても、やっていることに持続が出来ずさまざまな面において中途半端になってしまう>_<

ボーっとしてることが多かったー

事故当時勤めていた会社の社長様は、いつも
「早く戻って一緒に仕事できること楽しみに待っているよ!」
ずっと言ってくださいました

「近頃では、体力の無い子が居たりするなか、この子は真面目で筋が良くて期待してたんだ‼︎」
お会いしに行くといつもそうあたたかいお言葉に、何度も何度も励まされ、3男も社長様に少しでも応えたい気持ちが強くなっていくようでした

この2年
毎週末、自宅で過ごすことが決まりのため、片道平均2時間の2往復の送迎が…実はわたし、めちゃくちゃ大変だったんだ〜

ほとんど国道なんだけど、抜け道が無いの

時には行き帰りの道中で交通事故が5ヶ所もあってビックリなほど渋滞したり

もう週末帰宅の2往復送迎も終わりです

いよいよ就労訓練

施設の後半1年ほど、担当者さんの見守り交通機関の移動訓練も、3男の訓練の成果が試されます

週3日、1日3時間だけど、当面の目標は自宅から職場までの移動を繰り返し覚え込みです!
不安や心配だったり…もあるけど、とにかく始めてみないとね

高次脳機能障害
3男の交通事故から5年と6ヶ月ですが、今でも昨日のことのようにあの日を覚えています。
8日目に意識不明から戻ってきた3男は、事故前と変わってしまい驚きの毎日でした。
異変を医師に伝えても、高次脳機能障害と言われたのは事故から1年後と、そこから救急科から脳神経外科へ、そして更に半年後リハビリ科へと、リハビリを始めるには遅かったのでは?と悔やんだりもしていました。
リハビリは毎週月曜日に2年6ヶ月通い、そこから次にステップを望みましょうと、生活訓練の施設で2年過ごしてきました。
高次脳機能障害は、障害の出方が様々ですが、わたし自身が本当に戸惑いの毎日だったので、同じようにご家族にいらっしゃる方はきっと同じ思いを経験しているのではないでしょうか。
本人はほとんど障害の自覚がありませんから、家族が驚き戸惑いの連続なんです。
3男が2年間の生活訓練を終えて。。。
実はちょっと忘れてましたことが〜
施設の生活訓練終えて
1週間も経つと
出てきたんです、思春期の頃の反抗期みたいなやつ>_<
固執・こだわりも強くなってしまったので、1度始まるとほんと嫌なんだー>_<
生活訓練中もあるにはあったけど、施設に戻るので
“離れる時間”があったから
始まっちゃうと
今わたしの1番の凹みごとだよ(^^;;
施設の生活訓練は
わたしと3男の“離れる時間”という意味も大きかったと思います。
でもしょうがないよね
きっと3男はいま成長過程にあるワケなんだよね‼︎
