だから人生ってのはくそ野郎なんだと思う
今日琴線に触れた言葉。
夢が無くなって、空っぽになったから、
とりあえず目標みつけて気持ちつないでるだけだと思う。
試験で高得点とるのが目標になっちゃって、
大事なものが色々ごっそり抜け落ちてた時期があったからわかる。
周囲の期待に応えなきゃって・・・
勉強の中身も良い点取る事によって将来なれる自分像も、
何も考えなくなっちゃって・・・
空っぽになってく感覚。
(「銀の匙」から引用)
この場面、この言葉が凄く心に響いた。
今の自分の状況と全く同じだから。
高校生の頃から抱いていた夢から遠のいてしまっている今。
いまだ諦めきれず、でも今の状況から抜け出せない今。
それを隠すかのように、いろんなことに手を出し、
充実した生活を過ごしているように見せて、気持ちをつなげている今。
そんな自分の状況を見事に表している。
だから、琴線に触れた。心が揺れた。
何気ないシーンかもしれないこの場面から、一時離れられなかった。
自分は動けていなかったんだと、突きつけられた。
そのあとにさらに一つ。
夢を目指せなくなるのってすごく怖いね・・・
でも、
夢があるのにそれを目指さないで、
「これで良かったんだ」って
一生自分をごまかし続けるのはもっと怖い・・・よね
(「銀の匙」から引用)
ああ、今ここでこれを突きつけるか。
心に往復ビンタされた。目を覚ませと。逃避してんじゃねえと。
くそ野郎。言いたかないけど、くそ野郎。
甘えてる自分に、甘えたくない自分が喝を入れたがっているのがわかる。
そしてそれ以上に、
一歩を踏み出すことを恐れている自分を、
決して希望を捨てない自分が打ち勝とうとしてることがわかる。
ああ、今ここでこれを突きつけるのか。
本当に、言いたくないが、本当に、
くそありがたい。
だから人生ってのはおもしろい。
"できること"と“したいこと”
久しぶりにブログを書く。
昨日今日と「無限のリヴァイアス」を観た。
一日中ひきこもって、ぶっとおしで見続けた。
観終わった今、感じることがある。
“できること”と“したいこと”、自分はどちらを優先しているのだろうかということ。
おそらく、前者であろう。
そして、本当に望むのは、後者。
本作中に以下のような言葉がある。
「やりたいことをやるためには、努力なんて関係ない。
やりたいことをやるという“決意”を持てばいいだけ。
そうすれば、おのずとやりたいことはできるんだよ。」
「決意」
私には夢がある。長年見続けている夢がある。
その夢を“夢”たらしめているのは、私ではないだろうか。
私の“決意”が、夢を“夢”のままにしている。
“したいこと”をするという“決意”は簡単なものではないと思う。
でも、覚悟を決めれば、“決意”は生まれる。
結局のところ、私は臆病なのだ。
だけど、諦めきれない自分がいる。諦めたくない自分がいる。
「諦めなければ夢はきっと叶う」
そんな陳腐なセリフを、私はいまだに信じている。
僕らは、まだまだ悩んで、苦しんで、道を進んでいく。
その先にあるのは、希望か、惰性か。
“したいこと”か“できること”か。
今日も悩み、苦しみ、眠りにつこう。
「決意」を目指して。
りーだー
リーダーっていうと、いわゆる「おれについてこい!!」みたいなイメージがある。
でも、私は違った。というか、そんなリーダーになれなかった。自分に自信が溢れていることもないし、一人で先頭を走ることもできない。
私は、弱くて、馬鹿で、一人じゃ何にもできなくて。
だから、仲間と一緒に走る道を選んだ。
みんなが私をリーダーとして支えてくれて、信じて背中を押してくれた。
だから私は「リーダー」になれたんだ。
もちろんリーダーとして、怒り、戒め、励まし、褒め、引き締め、決断し、チームをまとめるという責務は果たしてきた。
だからって、凄いわけじゃない。
仲間がいるから、個々の「1」の力が「100」にも「1000」にもなる。
リーダーはこの力を目標に、夢にぶつけにいくんだ。
リーダーってなんだろう。
みんなを引っ張っていく存在なのかな。
みんなに背中を押してもらえる存在なのかな。
きっと、どんな形でもリーダーなんだと思う。
みんなの「力」を、みんなの「夢」にぶつけに行く存在なら、きっと。
あなたのリーダーのかた ちはどんなかたち?
