こんばんはニコニコ


今日は父の33回忌でした。
こんなときなので、私達夫婦と叔母(母の妹)の3人だけで、お寺の住職にお経をあげてもらって終わりにしました。
本来なら姉や従妹もきてもらい、お経の後は食事会をするんですけどね。



父は昭和63年の元旦に脳溢血で倒れ、近くの病院に入院しました。
2度目ということもあって、危険な状態が続いた。
何日か過ぎて意識は取り戻したけど、もう話すことはできない状態で、1月2月と過ぎた。
一応完全看護となってるけど、母は病院に泊まり込み。
倒れたときに危険な状態と言われたので、当時義兄の転勤ついて行って中国にいた姉に連絡。
帰国した姉は1か月ほどいたけど、しばらくは変わらないだろうとまた中国に行ってしまった。


3月4月と過ぎ、父が亡くなる前日の5月16日、いつものように出勤した帰り、父が入院する最寄り駅、私の乗った電車は通過待ちでしばらく停車した。
その時私は、チラッと病院寄ろうかなと思ったけど、疲れてたしそのまま電車に乗って帰ってしまった。
翌日いつものように出勤して、仕事を始めたら電話がかかってきた。たまたまそばにいた私が電話に出ると母からで


お父さんの容態が急変して、いつ何時かわからへん



私は事情を話してすぐ事務所を出た。
地下鉄は何本も走っているのですぐ乗れるけど、上本町に着くと急行が出た後で、特急に乗り八木駅で乗り換えるのが一番早い。
電車の中で間に合いますようにと、祈る気持ちでいっぱいだった。
最寄り駅に着き、いつもなら歩くところタクシーで向かった。



間に合わなかった。
その時、なんで昨日病院寄ろうかなって思ったのに行かへんかったやろと、後悔の念が押し寄せた。
昨日行ってたら、生きてる父に会えたのに。



33回忌を迎えてもそのことだけは鮮明に覚えてる。
父を家に連れて帰り、私が一番にしたのは、中国の広州にいる姉に連絡すること。
その他のことはあまり覚えてない。




後悔の念はあっても、悲しみは薄れ、日々を過ごしている。
きっとこれからも。






最後まで読んでくれはってありがとう