こんばんはニコニコ
私の加古川市に住む従妹の次女が、4月に高校に入学する予定。
が、コロナウイルス感染症で休校ガーン
学校に通える日が早くきますように。
こっちに帰省して来なかったので、入学祝いは現金書留で明日送りますニコニコ



さて本題。


感覚の違い。
なんの感覚かと言えば言葉の感覚です。
これが私と夫ではかなり違う。



例えば雨が降るでしょ?



夫はすぐ土砂降りと言うの。 


でも私にとっては土砂降りではない。



パラパラ、しとしと、ザーザーあるいはバケツをひっくり返したようなとか、いろいろ表現の仕方はありますよね。


夫はしとしととザーザーの間、それもしとしと寄りで土砂降りと言う。


私はザーザーを超えたら土砂降りと言う。



これだけ感覚が違うと、どんな降り方かはどうでもよくて、事実として雨が降っていることがわかればいいという感覚になります。



雨に濡れた時も一緒。
夫はビショ濡れになったと言うけど、頭も服も雨粒の跡がわかる程度。
私は少なくとも雨粒の跡がわからなくなるほど濡れないとビショ濡れとは言わない。



この違いって、会話をしないとわからない。


そして最近、世間の方と私とで解釈が違う言葉があることに気づいた。



それは


花見


って言葉。


どうやら世間では、花見というとシートを敷いて宴会をするイメージらしい。


けど私がイメージする花見は、宴会とか抜きで文字通り単に花を眺めること。


だからコロナウイルス感染症の予防で花見はしないでくださいって言うのに、ものすごい違和感を感じてた。



同じ言葉でも、人によってイメージしているものが違う。
人にああだこうだ言う前に、その言葉が持つイメージの違いを理解すれば、無用な言い争いを少しでも回避出来るのでは、と私は思うのです。







猫 夫婦喧嘩は猫も喰わない、ニャのよ。





ではではバイバイ


最後まで読んでくれはってありがとう