How to ハリウッド -2ページ目

パパラッチブームから見える現在のハリウッド

TMZ.com
ハリウッドセレブのゴシップネタをいち早く入手するには最高のサイトである。
僕がロスから日本へと帰国するちょっと前、4~5年ほど前から注目を集め始めていた。

Paris Hiltonがハリウッドセレブというブランドを確立し、
それを追って似たようなハリウッドセレブがわんさかと出てきた。
ハリウッドの新しい世代、いわゆるヤング・ハリウッド(Young Hollywood)である。
彼らは往々にして実力と実績があまり無く、
その多くは"Paris Hilton wonnna be" (パリスヒルトンになりたがっている人たち)であった。
映画、ドラマなどの作品でその知名度を上げていくのではなく、
あくまでもゴシップ誌の露出度によってその知名度を上げていく。

そこで相乗効果的に増殖して行ったのがパパラッチである。

「パパラッチ」という言葉も世に広まり、
その当時アメリカでテレビなどを観ていると「パパラッチ」の特番があるなど、
「パパラッチ」という言葉を聞かない日は無いほどであった。
それでも皆、ここまで大きな社会現象になるとは思っていなかった。

TMZ.comなどは小さい、やや下品なウェブサイトとして登場した。
小さいままの存在でいつかはつぶれると思っていた。
ところがどっこい、みるみるうちに大きくなり、今ではハリウッドゴシップに関しては
主要メディアの一つとなっている。

この現象を誰もが最初は面白がり、やや冷ややかな目で見ながらも楽しんでいた。
でもハリウッドの人たちは次第に気づき始めたのである。

この現象はハリウッドのレベルの低下を象徴している。
つまりは、若くて派手な役者やミュージシャンが、作品ではなく、
ドラッグ、セックス、スキャンダルなどで実に安っぽい人気に走っている。
そしてそれに甘んじている。
その結果、若手で本物のスターが生まれない。

マイケルやマドンナがそうであったように、
人々が真に憧れるスター、それがいない。

この現象は特にアメリカの音楽業界で顕著に現れている。
本物のスターがいないからCDが売れない。
ミステリアスでありつつ、人々の度肝を抜くような作品を作り上げるスターがいない。

雑誌の表紙をかざっているのは安っぽいスキャンダルでその名をはせたものばかり。
かなり深刻な事態である。

映画界でもなかなか本物のスターないし本物の役者が現れない。
相変わらずスターはトム・クルーズであり、ブラッドピットだ。
十代、二十代前半のもので本物のカリスマ性を持った役者がなかなか現れない。
よってアカデミー賞などでもヨーロッパ、オーストラリア出身の役者の活躍が年々目立つ。

ハリウッドで働く人たちがよく言ってた。
"The Glory of Hollywood is Gone"
(ハリウッドの本当の輝き、そのグラマラスなオーラが消えた)

しかし、これが時代の流れであって、人々が求めているものの結果なのであろう。
よって悲しむべきことでもないし、間違っているものだとも、僕は思わない。

ハリウッドは何があってもハリウッドであり続ける。
次はどのように変化してどのような作品を生み出してくれるのであろうと
ただただ楽しみになるだけだ。

進化するには変化は必要。
昔を懐かしんでそこに留まる必要などまったくないと、僕は思う。

マイケル・ジャクソン "This is it"

ハリウッドではよくこのような言葉が使われる。
"They do it big and they do it right."
(やるときは派手にそして真っ向から仕掛けてくる)

マイケル・ジャクソンのやること全てこの言葉の通りではないだろうか。
そしてそれは死後も続いている。
昨日、テレビなどでマイケル・ジャクソンの映画のプレミアの報道を見てこの言葉が真っ先に頭に浮かんだ。

世界同時。
各都市で派手なイベントが開催されていた。
よくぞ短時間でここまでコーディネート出来たものだ。

SMAPの中井君がロスのプレミアに登場し、
日本のイベントには特別ゲストとしてLionel Richieが登場していた。
なんとも憎い演出。
また日本の人気者、中井君をロスのプレミアに招待するなど(実際の経緯は招待ではなかったかもしれないが)抜け目が無い。

テレビの報道などでこのプレミアの光景を数分しか見ることが出来なかったが、
個人的には十分に「夢」に浸れた。
なんというパワー。
一瞬にして、その数分、そしてその一日をちょっとだけ幸せなものにしてくれた。
なお、恐ろしいことに一生忘れない光景、思い出にもなったと思う。
これがマイケルのパワーか。

同時に思ったのが、やはりエンタテイメントとはこのぐらいじゃないと駄目なのではないか、ということ。
エンターテイメントは「夢」を売る仕事。
ちまちまやってても我々は「夢」を見れない。
日常から切り離されない(特に社会人は)。
我々に「夢」を見させるには、テレビまたはその他の媒体を通じて我々を圧倒しなくてはならない。

マイケル・ジャクソンのプレミアの風景は短い時間ではあったが僕を圧倒した。
その時間は我を忘れ「夢」を見た。

マイケル・ジャクソンはほぼ人間ではない域に入っている。
スケールがあまりにも大きすぎる。
エンタテイナーとしては神の域だ。

だからこそいつも気づかされる。
これがエンタテイメントの理想的な形(最高峰)なのかと。
つまりは才能と努力に裏打ちされた「作品」で我々を圧倒する。
そしてこの「圧倒される」という体験こそがエンタテイメントそのもの。
「圧倒されている」時こそ我々はエンターテインされている。

そこで感じるのは、困惑、感動、喜び、悲しみ、恐怖など、人それぞれであると思う。
しかしそのいずれの感情にしても、その感情に圧倒されているのであればそれが「非日常」の体験であり、エンタテイメントだ。

マイケルの「作品」、また彼の凄さを観るとついついこんなようなことを考えてしまう。
"Michael, you do it BIG and you do it RIGHT!"

パリスヒルトンはやはり天才だ                       

先日ネットでパリスヒルトンのインタビューを見たが
彼女はそのインタビューの中で自分は実は頭が良く
人前に立つときは常にキャラクターを演じていると言っていた。

前にもブログで書いたが僕は彼女のこの言葉は真実だと思う。

彼女はインタビューの中でこうも言っていた。
皆が知っている彼女のあの赤ちゃん声も彼女の本当の声ではなく、
普段のミーティングなどでは普通の地声で話していると。

これもさして驚くべきことではない。
彼女は頭がいい。
そして人が何を望んでいるかよ~くわかっている。

アメリカでは良く"Dumb Blonde" (頭の悪い金髪の女)という表現を使う。
馬鹿にするような言葉ではあるが、
実態としては"Dumb Blonde"は男にもてるし、
男女両方から注目を浴びる存在だ。

パリスヒルトンはこの「ブランド」を徹底的に使った。
徹底的に使って何十億ものお金を稼ぎ出した。

アメリカ版のプレイボーイ誌のモデルにはこのいわゆる"Dumb Blonde"が多いが、
往々にして彼女等は本当に単なる"Dumb Blonde"なのだ。
よってプレイボーイ誌のモデル(Playmate)になって一時の名声を得られるがブランドにはなり得ない。
世でいう"15 minutes of fame"だ。
つまりは誰でもその気になれば「15分間の名声は得られる」というハリウッドの定説通りの現象だ。

パリスヒルトンは違った。
彼女が世に知れ渡り始めたころ誰もが彼女を懐疑的な目で見ていた。
つまりはパリスもこの"15 minutes of fame"の一人であろうと、そのように見ていた。
でも彼女は15分どころか10年近くにもその名声を発展させた。
そしてまだ続いている。

パリスヒルトンは上記のPlaymateとは違い単なる"Dumb Blonde"ではなかった。
"Dumb Blonde"を単に演じているカリスマ性のある頭のいい女性だった。
そして自らを一つの世界的なブランドとして確立したのである。
凄い女だ。

パリスは飲酒運転で捕まり、
実際に投獄されてからその路線を変更していった。
マスコミの露出をやや抑えめにしてその「セレブ」の活動を継続してきた。
彼女には絶対的な信頼を置いているPR(広報)のエージェントがいると聞いているが
おそらく彼との綿密な計画にのっとって行動をしてきたのであろう。

そんな中でのこのインタビュー。
また新たなパリスヒルトン像、新たなビジネス展開を模索しているのか。
変化をしないとアメリカのエンターテイメント業界では生き残れない。
そういう意味では彼女は確実に変化をしている。
単なる偶然ではない。

僕は個人的に彼女が次に何をやってくれるのか非常に楽しみだ。