阿部倫子さん47歳は、仙台での会社員を辞して丸森町にやってきた。
地域の自然に魅力もあったが、「私に養蚕を教えて欲しい」。
養蚕業を独りで営む目黒登美子さん74歳の元に。目黒さんは地元の民芸品つかわれる繭を作っている養蚕生産者。

阿部さんは、養蚕に携わる点について語る。
「農家さんのお仕事って本当に尊い」「真摯に向き合って、タンタンと仕事をこなして行く」「その姿って本当に感動し、魅せられてゆきました」。
登美子さんに倫子さんは「養蚕の文化を伝えたい、ぜひ、教えてほしい」。
丸森町の養蚕の最盛期は昭和初期。当時は2000軒以上の生産農家があった。
マチの至る所にネコの碑。繭にとって天敵のナズミを捕獲してくれるので、タイセツに
された。
登美子さんは元会社員。養蚕農家に嫁ぎ、初めて繭を飼育したのだ。朝5時から桑の葉を与え、一ケ月育てる。
夫は手伝い妻の負担を軽くしてくれる生活が46年。その夫が6年前、草刈中に突然、事故死。
「養蚕は独りでは、出来ない」。なにも出来ずにモンモンとした暮らし。
そんな生活を変えてくれるヒトが・・・・・・。
朝5時からの作業、一ケ月かけて丹精を込める作業は、とても単独では無理。
それだけ丹精をこめても、ネズミが発生しては。神頼みならぬネコ頼みを意味する、至る所のネコ碑。
共に会社員から養蚕に転じた二人。
目黒登美子さんは生産養蚕で一時代を築き。阿部倫子さんは文化養蚕で新しい時代に立ち向かっている。
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自分に出来ることをスル のど自慢合格のノドで「丸森音頭」 「小さな旅 誇り 絶えずして~宮城県 丸森町~」NHKG260721

「自分にしか出来なことを=唄う船頭をめざす」と、川下り観光船を操縦しながら「『丸森音頭』という歌をやって、みたい」。
要所では自噴する噴水を指さして「ポンプで水をあげておるのかと言われるが、自然の水なんです」と解説。
宮城県丸森町。往時は米、塩などの物資を江戸に摘みだしていたという阿武隈川。
昭和39年開業の「阿武隈川ライン舟下り」。舟を操るのは従事して10年と言う瀧野正浩さん(65歳)。
隣町の自動車部品メーカーの社員で、毎日、精密な部品を正確にノルマをこなす日々から、父の介護を機に早期退職。
さて仕事をと考えた時、「子どもの頃にのった舟下り遊覧船」のこと。さっそく船頭の免許を取得、10年にある、と。
年間6万人のお客様。さて、「自分にしか出来なことを=唄う船頭をめざす」の思いはこれまた若いころ。
NHKのど自慢に出場し、見事、合格の鐘を鳴らした<美声>の実績。
唄う「丸森音頭」は、丸森の四季を唄い込み、川面の風情を謡いこむ歌詞。
訪問者のアナウンサー。「ゆったりしした流れと軽やかなリズムで、気持ちよくなりました」、と。
観光は、魂を揺する〝出会い”と〝おもてなし”。それは筆者の持論ながら、阿武隈川の川面にも、「地域の誇り」を物語にして心強い。
街なか店舗コラボ企画 第12弾 サロンド・イフ×中央図書館「セレクトショップがつくるコミュニティの力」開催260721

Line ソフトに「セレクトショップがつくるコミュニティの力」開催の案内が。
北海道東部の港町の中心街。北大通三丁目で衣料品店を営む女性店主さんが呼びかけている。
「街なか店舗コラボ企画 第12弾」というキャッチコピーも力強い。
2024年暮れであったか、女性経営者が立ち上がり、若者に呼びかけてトークミィーティングを開催されたと、記憶する。
外からの働きかけがあっても、地元関係者が動き出さなかったことも、併せて念頭に。
呼びかけ人のお店には、衣料品のかたわらに喫茶コーナーもあり、長期滞在者のお方と話こませてもらった。そうした記憶も残るお店。
お連れ合いさんが、北大通に残る空き店舗の解体。そこを働きかけておられたが、あっけなく他界された。
もったいない、惜しい。そうした記憶も重なるなか、「第12弾」とは実に尊いではないか。
空き店舗の続出する北大通。吸引力の弱さが気になっていた。
それ以上に貴なったこと。廃業は時代の流れながら、新しい時代を担う着想力と投資力の不足。
「空く」が問題ではなく、代わるプログラムの不足。まずは、『物語』を創出できねば。
「悲観することは、ない!!」。そうした力強さ、まずは、呼びかけに支持と支援。
当事者意識のもとに、支持と支援のまずは『物語」。そこから手をつけようではないか。
逆境下も自己都合に向き合い&独自解読で分断を超える 釋轍宗談「教行信証 100分で名著」nhkETV260706

追々、取り上げられる。そうは考えて居たがどなたが担当するのが相応しいか。
大著を如何にして、四話にまとめるのか。随分、考えてもいたが相当に時間がたった。
この7月、nhkETVで取り上げられていると知り、視聴してみた。
注目、4部の構成は下記のとおり。
(1)逆境の中で鍛えられた思想 =「権化の仁(ごんけのにん)」と呼ばれる親鸞の人間観
(2)「自分の都合」と向き合う =(自身が)自分の都合でしか物事を見ていないかをあぶりだす(思想)
(3)「実存的改読」がもたらすもの=独自の思想として深化を遂げ(を示す)「実存的改読」。
(4)誰一人取りこぼさない救済原理=独特な救済原理で、分断社会をどう乗り越えるを考える。
第1話で「執筆背景を交え、親鸞が本書で示した独自の人間観」に迫った、と。
第2話で教巻と行巻、第3話で信巻と証巻が。
第4話で真身土巻と化身土巻に触れる、か。
説明に幾つかの例話。ここでは「二河の白道」と近江商人の商業道徳「三方よし」が紹介された。
表現&鑑賞〝磨きあう愉しさ”と〝豊かに育つ楽しみ” なつのたのしいコンサート by釧路短期大学音楽表現ゼミ260719

ピアノとトーンチャイムの演奏で、出かける時間帯には一時間に20ミリと予報も吹き飛ぶ有意味なひと時。
師走のXマスシーズンに恒例の「ゼロ歳児からクリスマスコンサート」に先駆け、開催された。
開学60年の釧路短期大学。音楽表現ゼミの指導者と6名のゼミ生が総出縁。
第一部 グリーグ作曲「朝の歌」、フォーレ作曲「子守り歌」にはじまり、親子連れで、およそ50組が耳をかたむけた。
第二部 トーンチャイム演奏。
第三部 ジブリの楽しい連弾では3曲。
終始、なごやかな雰囲気に包まれ、会場は<ぬくもりの愛情>が隅々まで。
幼稚園教諭をめざす出演者、教育実習を終えたばかりで、練習時間がキツかった。
事情を知る職員の方が、「よくぞ、間に合わせて来た」と、思わずツブやいた、出来栄え。
惜しみない会場からの拍手に、彼女たちもも微笑んでいた。
1980年代からみると<ライブ演奏>のチャンスが減っている。
器の整備に見合う、プログラムの開発。地域の課題として、大きな期待が寄せられている。
「子のために」の思いが、親たちをして「私たちも、やってみたい」。演奏の学生は表現力を鍛え、自身が聞き、我が子に聴かせる身には「違いのわかる鑑賞力」を磨く機会。
企画こそ貴重で、演奏する人も、鑑賞させてもらう市民にも、実に尊いこと。足をはこび実感した<思い>なのだ。
26年7月19日 北海道立釧路芸術館アートホール 主催 釧路短期大学音楽表現ゼミ
昭和のランドマークで非日常の体験 釧路仏舎利塔に詣で260712
レリーフを順に見て 「尼の抄」をみんなで読み合わせしました。後半は宿題になりました。
『尼の抄』5ページのうち3 ページをみんなで 順番に読み上げました。 残りの2ページは時間切れのため現地で読むことはできませんでしたが 、各自で家で読むことを約束して 解散 終了いたしました。 私は今日明日中に読んでみます、 続きが楽しみです。(男性)
お寺にあがらせてもらい手を合わせる事が出来るなんて?。庵主さんも喜んで下さいました?。(女性)
妙法寺にお参りをさせていただき、庵主さんと少しお話しをしました。佐藤先生、大島さん、中野さん、によろしくお伝えくださいとおっしゃってました。
桶作先生の思い出話もでました。私は此処で別れましたが、資料をゆっくり読みたいと思います。佐藤(よ)さん、佐藤先生ありがとうございました。
仏舎利塔を建てた目的は、平和や漁業の安全祈願という事は知られているようですが、陰に隠れてるような気もする、娘さんを想う気持ちが「尼の抄」から伝わってきました。 先生ありがとうございました!。佐藤よさんの仏舎利塔の歴史の資料も本当にありがとうございました!
守り続けるって大変で素晴らしいと思い、これから先の事が少し気になったので、これからは仏舎利塔のことを注目していこうと思いました。(女性)
昭和のランドマークで異なる景色 釧路仏舎利塔に詣で260712
みなさん、お疲れ様でした。写真もありがとうございます?
日枝神社が駐車場になってるのにはびっくりしました…。
仏舎利塔は、子供の頃から何度も行っていた場所ではありますが、間近でレリーフを観るのは今回が初めてです。貴重な体験だったと思います。
14・15日のどちらか出勤前に少しでも空襲慰霊の集いに寄れたら良いなと思っています。本日はありがとうございました?(女性)

0時仏舎利塔に集まり 資料いただきました。塔の上の水晶?が 光る事があると聞き 見ていると火が灯ったように光りました。
オレンジ色に光っているように見えますね、小林さんが言っていた 言い伝えのオレンジ色の光のように見えます(驚く)。(女性)
みんなで仏舎利塔に登り、順番に朗読しました。『尼の抄』5ページのうち3 ページをみんなで 順番に読み上げました。
残りの2ページは時間切れのため現地で読むことはできませんでしたが 、各自で家で読むことを約束して 解散 終了いたしました。 私は今日明日中に読んでみます、 続きが楽しみです。
中村水産は、醤油粉も作っていて、軍需工場として国に認められていた話など、興味深く聞きました。(女性)
仏舎利塔を建てた目的は、平和や漁業の安全祈願という事は知られているようですが、陰に隠れてるような気もする、娘さんを想う気持ちが「尼の抄」から伝わってきました。 佐藤よさんの仏舎利塔の歴史の資料も本当にありがとうございました!守り続けるって大変で素晴らしいと思い、これから先の事が少し気になったので、これからは仏舎利塔のことを注目していこうと思いました。(女性)
自身鍛え〝愉しみ”創造の近代&虚構の装置に身を委ね〝愉しむ”経済力の現代 地球への負荷は?260712
「海上安全」「大漁祈願」「安定操業」では若者を吸引できなくなった、神社仕舞いの今。
浦浜の砂場を掘削して建設したTDL.一大テーマパーク出現で、長い時間をかけて育てられた漁田&前浜漁村集落は肩身の狭い思い。
「消失」の現在なのかも。
耳にするのは「このマチには愉しめる所が、ない!!」。
TDLやUSJが揃ってなければ、「魅力あるマチ」では、ないらしい。
スピード感やスリル、爽快感が魅力的なのは、「神経化学的な要因=脳内で「ドーパミン」と呼ばれる神経伝達物質が分泌する」から、と。
https://www.homemate-research-theme-park.com/useful/13250_tour_042/ 「ジェットコースターが好きな人」。
神社仕舞跡地に立って、見つめ&思い巡らした点。
浄財をそそぎ祈り、めぐみに謝した、自身鍛え〝愉しみ”創造することのできた近代。
虚構の装置に身を委ね、激しいスピード感・スリル・爽快感に身を委ねて〝愉しむ”経済力の現代
「爪の垢に火を灯す商い」で蓄財して生計たてた近代。アルバイトの日当一時間分の経費で出来合い弁当を買い、昼食を呑み込む現代の生き方。
包装資材の廃棄を含めて地球への負荷は?。
海水温上昇が指摘されている時代に「お守りの人材つながらず」
神社仕舞のその後=(左)25年9月、(右)26年7月 ぶぶる21th260712。
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「案内するサイドは一つのポイントに6つの物語を考えておきましょう」。
道々、そうしたコトを語りながら、「そろそろ、写真左の目的地では?」。
歩いていた人たちが東に向かっての歩みを南に転じたとき、視野に納まったのは写真右の姿であった。
「社のお守りをする後継者が居なくなって」。話を耳に思いめぐらした。
気象予報が精緻を獲得、漁船も大型化・堅牢化した今、「海上安全祈願」では、なくなったか。
魚群を追って魚群探知機で魚群を追跡するときに、「豊漁祈祷」でも、確かにないわ。
しかし。そうは言いながらも・・・・・。
ニューディール・ブロック経済・ファッシズム WarⅡへの道=世界恐慌後 260712ぶぶる21th

26年7月12日催行の、遊ぶ・学ぶ・褒めるの末期<るるぶ in 釧路市北大通22th>は栄町平和公園に集合。
定刻に戦災復興碑に敬意を表して、ここでは、次の点を。
1929年の世界恐慌。復興策は三つのブロックに対応が、分かれた、と。最近の「高校世界史講座」の内容を元に。
Ⅰ.そこは教科書でおなじみ、USAはニューディール政策を実行し公共投資で雇用造成。
Ⅱ.英仏の植民地保有国は、被保有国との間でブロック経済を構成し、富の域外流出を最小限に。
Ⅲ.のち「枢軸国」と呼ばれた独・伊・日は、ファッシズムに転換と。
当時、国内では世界的不況を背景に、都市と農村の格差が拡大。
東北の男性は応召し、ある役場では女性に「娘、鬱なら相談に乗ります」掲示物も。
市内では失業対策事業=春採湖の埋立&掘削、釧路川埋立用土に採取跡を「市営グラウンド」とした。
しかし戦火は拡大。簡単に始まった戦争は15年を経て、最後の最後まで「終わることができなかった」。
その記憶の再構築。9時20分。戦災復興碑を後に。

