昨日は、母の日だったが、私には全く関係がなかった。というのも私の母はすでに他界しているし、私達には、子供がいないので、祝われることもないし、"D"のお母さんは、イギリスに住んでいて、イギリスでは、母の日が他の国と異なって、今年は、3月11日だった。今日は、ちょっと母ではなく、段取りを考えすぎて、楽しむ前に他界してしまった"D"のおじいさんの話を、、、、
うちの家には、もし何か家を離れないといけない非常事態が発生しようものなら、必ず持ち出したい写真立てがある。それは、私と"D"のそれぞれの家族の祖父母と父母の写真が入れてあるものだ。
この見開きになっている写立ての左側の4つの小窓のうちの右上が"D"の父方の祖父母の結婚式の時の写真だ。(右側は、私の母方の祖父母の写真で、母が生まれる前に撮った写真らしい。母は祖父が50歳を過ぎてからの7人目の末っ子だった。)詳しいことはあまりわからないが、第二次世界大戦中に式を挙げたとのことで、おじいさんは海軍兵士だった。このおじいさんの血を"D"もひいたのか?"D"のおじいさんは、若い頃バイクに乗っていたようで、1940年代に30マイル(約48キロ)オーバーのスピード違反で、罰金が1ポンド課せられたチケットが10年ほど前に"D"の実家が引っ越しした時に見つかった。
なんでそんなもん大事にとってたん。
と亡くなる前におじいさんに聞いてみたかったが、時すでに遅し。
"D"が幼い頃に、よくおじいさんから聞かされた話は、「潜水艦に乗っていた海軍兵士の友達に自分の百科事典の1冊を貸してあげたが、そのお友達が乗った潜水艦は、百科事典と共に海の底に沈んでしまった。」だった。そのおじいさんが、今から20年程前の90歳を過ぎて亡くなる寸前に病院のベッドで、おばあさんに「百科事典のZのページを見て。」と変なことを言い残した。全てが落ち着いてから、おばあさんがそのページを開けてみたら、、、、
うそぉぉぉぉぉーっつ!
なんとっ、Premium Bond (賞金付き国債=利子の代わりに抽選で賞金が付く国債)当選の記録書類と共に、10万ポンド(日本円で1500万円ぐらい)が入っている銀行口座の詳細が出てきたという。おじいさんが生きていたころは、2人で慎ましやかな生活を送っていて、おばあさんには、そんなお金が家にあることが、想像できなかった。後になって、おじいさんが何故そのお金のことを、死ぬ間際までおばあさんに言わなかったのかを"D"の家族が分析した結果、こういうことだった。
戦争中におじいさんは、軍から支払われる小切手をおばあさんに送って、生活費と貯蓄に充てるようにと思っていたのが、やっと戦争が終わって帰ってみると、もともとお嬢さん育ちのおばあさんは、全く貯蓄をしていなかった。つまりおじいさんは、”復員後の段取り”を考えていたのに、おばあさんは、そんなことを全然考えていなかった。おばあさんの経済観念欠如を心配したおじいさんは、お金のことを内緒にして、老後のいざという時に使おうとしていたのでは?と、、、、"D"の家族の推理は、あながち間違ってはいなかった。おじいさんが亡くなったときに既に86歳になっていたおばあさんは、今までの質素生活のうっぷんを晴らすかのように、独り住まいの家のいたるところの改造にお金を使い始めた。給湯器を新しくし、家の段差をなくし、窓を新しく入れ替え、新しいソファーを買い、、、、そして、3年後におじいさんのもとに旅立った。”老後の自分たちの段取り”を考えて、質素に生活していたおじいさんは、結局”おばあさんのために段取り”していたことになる。おばあさんがその分とばかりに、86歳を過ぎてから、考えつく限りのことをして、余生を存分に楽しんだ。
歴史は繰り返されるというが、家族の歴史もそうかもしれない。"D"のお父さんも経済的なことは全て取り仕切っていて、お母さんは銀行のキャッシュマシーンの使い方すらわからない。"D"も経済的なことを全て取り仕切っていて、私は家計がどうなっているのか、あまりわからないし、働いていたころは、浪費家だった。残念ながら、"D"の家系は、そういう嫁を貰うようだ。そして、もう一つ残念なことは、うちには(旦那がへそくりを隠すであろう)百科事典がない。
