こんにちは。
今の社会情勢を見ると、
当たり前ですが、
ホストクラブは娯楽であり、
生活必需品ではないことを
まざまざと感じます。
(※一部の人にとってはもはや必需品ではありますが。)
人類の歴史上、「娯楽」の自然淘汰は半端ないものがあり、
現代の化石と言える、
いわゆる年寄りの娯楽は
かつての娯楽競争に生き残った
半端ない奴らなわけです。
娯楽の自然淘汰は恐らくとんでもない熾烈な争いなわけです。
「ホスト」が今後ダメになったとしても、
「じゃあなんか配信者になるわ、今も結構収益出てるしいけるっしょ〜。」
って考えは甘い。
それはホストだから会いたいと思えば会えるって付加価値が存在してるから見てくれてるわけで、
ホストが存在しなくなって、
ちょっとしたアイドルや芸能人の卵なんかと
同じ商品の棚に並ぶときつい。
音痴な僕なんか致命傷です。
ホストの歴史を振り返ってみてみます。
Wikipediaを開いてみると、
1965年からがホストクラブの歴史であるようぇす。
人類の歴史が60万年だとすると、
ほんの、
まばたきの様な時間しか経っていないことになります。
100年後、1000年後に残っている娯楽かどうかはまだわかりません。
ほんの
200年前は、
スポーツでいえば
けまり、はごいた、などがメジャーなスポーツだったわけです。
自然淘汰に敗れてしまえば、
0千万プレイヤーっていう価値も
よくわからなくなってしまいます。
200年前のけまりのスタープレイヤーの
名前など誰も言えません。
僕はホストクラブを愛しているので、
どうにか、娯楽界のレジェンド、
というより、永久的に
娯楽界の異端児かつスターであって欲しいのです。
将棋、落語、和歌、茶道花道には位置したい。
という中で、今、
ホストクラブは大きな岐路にたっているとおもいます。
100年後の日本史の教科書に乗ってて
「ウケるー髪ツンツンー、ぐいぐいだって笑」
とは、なりたくない訳です。
僕の曾孫ぐらいに、
先祖がホストだったってことを
誇りに思って欲しい訳です。
ひいひいおじいちゃんが
春画界のカリスマでも
嬉しくないじゃないですか。
僕のおじいちゃんゲートボール
めっちゃ上手かったんですけど、
子供ながらに「なんか違うんだよなぁ」感は
ありましたもん。
自然淘汰という大きな力の前では
一ホストが変えられることなんて
無いかもしれませんし、
どうなるか分かりませんが、
盆栽の木ように
小さくても
大きな幹を持っていたいなぁとおもいます。

