最近、凄く忙しいです。

最新のソフトを手に入れ、
その操作に手間取りながら作業をしているからです。

これが出来たら万人の方に、より解りやすい説明ができます。

ただ実践のみに走ります。

新武道は、
第一に、精神性
第二に、精神性となります。

主要部分は武道と呼ばれる意義と役割を、

我が国の芯から見つめ、

その深さを組み込み、

自己の無意識に基礎として成すことです。

そこに表れる人格はシラス大和不動心とでも名付けましょうか。

この真の姿を具現化したこの道は、古今を通して誤らず、

世界に出しても劣らない堂々としたものでなくてはなりません。

精神術と体術、
忘れてはならないのは人間形成です。

知行合一、
知と行いは良知が合一し、徳が育ち格物致知が成されるのです。

その徳を意志として振り出す心の環境こそが真武道の不動心なのです。

おそらく徳が蔓延し、したたかになれば逆に佞臣人格者や、

それに反発し、理こそが格物だと信じる傲慢人格者が生まれるでしょう。

そこに武道があるのです。

武道は義を守る為の命懸けの道です。

心身を構成し、真の不動心を待つことで、

心を安定させた人格が、

義のない佞臣者や我の強い傲慢者に落ちてはならないのです。

かと言って世の流れはそれ等が正しいと、引きずられている理不尽さもあるでしょう。

不動心は信念を持つ者の特権です。

格物窮理を知り格物致知を信じる者の大きさが、

格物世界を生きるのです。

酸いも甘いも知り格物窮理も知り尽くした、
西郷隆盛公が愛した言葉が

「敬天愛人」です。

西郷公の強さで私も肝に命じているのが、
次の言葉です。

「地位も名誉も金も要らない」

イザとなればその人格が備わっているのです。

「葉隠」にも似ていますね。

一も二も新武道は精神と述べましたが、
結果は人格なのです。


人格で素晴らしいのは、
藤原先生です。

先生の言葉に感動したのは、
西郷公からの影響ではないかと思いますが、

ある日、そんな話をしていた10時半を過ぎた頃、

「先生(私)、俺は『生涯愛人』と言う言葉が好きだ!」

突然叫んだのです。

先生の意味は戦ってきた男が口にする重い言葉だと、

周りの誰もが感動した瞬間でした。

現に先生は常に周りに愛されている人です。

11時までは……

バチーン! ダダダッ! ドーン!

その日は11時頃から始まりました。

誰かが叫びます。
「先生!『生涯愛人』でしょ!」

「何だお前!意味が分からないこと言いやがって」

その時、私は分かったのです。

「傷害愛人」だったんだと……