星川選手 デビュー20周年セレモニーを紹介します。

スクリーンに過去の試合映像と重ねるように映し出された言葉


皆さん、お久しぶりです。星川尚浩です。

みちのくプロレスでデビューして、大阪プロレスに行き、
「天王山トーナメント」で優勝してから、

そのあとにZERO-ONEという今は亡き橋本真也さんが社長の団体に入りました。

プロレスで大けがをしたのは、29才で8年前の事でした。
札幌メディアパークスピカでの金網マッチ。

札幌の病院で昏睡状態で3時間に及ぶ緊急開頭手術をうけ急性硬膜下血腫と診断されました。

1か月間意識がありませんでした!

そして札幌の病院で入院して、沢山のリハビリ病院へ通いました。

ZERO-ONEの社長の大谷晋二郎選手です。
面会に来てくれた時の写真です。



ただ、この当時のことは、よく覚えていません。

神奈川リハビリテーション病院の体育館でZERO-ONEがリングを作ってくれました。

学ランを着ているのが僕です。
この頃からの記憶はしっかりとあります。




口笛が吹けなくなりました。
あと、上を向いてのガラガラうがいが出来なくなりました。

そして何よりも言葉が普段は鼻を摘ままないと上手く話が出来なくなってしまったことです。

札幌の病院でまだ流動食だった時に差し入れにイチゴを持ってきてくれて、そのイチゴを初めて食べて

「それではもう流動食でなくていい」と言われ、だんだんと普通の食事にしてもらいました。

薬は昔は3食後に飲んでいました。
今は全く飲んでいません!!

これかやってみたいことは、足柄療護園にプロレスのZERO1を呼びたい!!

そして、ZERO1に復活してまたプロレスラーになりたい!!

今日でプロレスラーデビュー20周年です!!

最後に言語の1年生に。

何かをやろうと、又は始めようとした時には、無理と思っても

その事を始めてみないと分からないからやってみるんだ~!!という言葉を贈ります~!



つづく

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