夏のチラシ配りは厳しい。
風が吹いてればましなんだけど、マンションの廊下っていうのはたいてい空気が淀んでいる。
十代の頃から宅配弁当屋のバイトをやり出して、宅配ピザ屋と宅配寿司屋なんかを転々とした。
昼飯どきは電話注文が入るのでできあがった食べ物を配達するのが仕事で、午後三時から五時くらいに店のメニューチラシをドアポストにいれて回った。
一軒家が並ぶ町より、巨大なマンションのほうがビラまきには楽だ。
夕飯の時間になってまた店に戻って食べ物を配達するんだけど、注文があんまり入らなくなるとまたチラシ配りに出かけることになる。
マンションは最上階までエレベーターで行って、一階ずつドアポストに配っておりてくる。
汗だくになる。
あれこれ仕事は変えたけど宅配関係の仕事は好きだった。
三十歳になるかならないかくらいまでふらふらしたけど一番向いてた。
配達もチラシ配りも一段落つくたびにいちいち店に帰ってこれるのもよかった。
帰ってくるとむっつりした店長とか調理スタッフの女の子とかへんなフリーターとかいて家庭っぽい雰囲気だった。
配送といえばルート配送とか中距離トラックも乗ったけど一般の家をぐるぐる回るほうが向いてた。
遊んでるみたいなもんだった。
汗だくになってああめんどくせーとかとりあえず言ってみてた。
だりーとかなんかおもしろいことねーのとか金ねーとかずいぶん年取るまで言い続けてた気がするよ。
築三十年くらいの借家に住んでたから高層マンションなんかあこがれだった。
運がよければおれも何年か後にはこんな感じのマンションに住んでるのかな。ひとつの場所にしばられたくないし賃貸がいいかな。いいマンションに住んでる女の家を転々とするのも悪くないかな。公営住宅とか当たってくれるとラッキーだろうな。
あてもなくいろいろ考えてたこともあったけど、なんだかよくわからないうちにそういうわけにもいかなくなった。
どこでどうまちがったんだろう。
世間に目を向けるとためいきが出る。
でっかいマンションとかまともに見れない。
毎日の暮らしのほかにいろんなものを管理したり文字とか数字とかで頭の中に置き換えて認識しなくちゃならないっていうのがひじょうにつらい。
めんどくせーしだりーしなんかおもしれーことねーかなーと思うよ。
金をもうわけわかんないくらいまでいっぱい持ってれば悩まなくてすむのかね。
そういうもんでもないんだろうけどさ。
昔そんなふうにチラシをまいて子供のお小遣いくらいの金をもらってたんだけど、それを見て客が注文してくれて、弁当が売れて、店が動いて、会社が回って、社員が奥さんと子供に給料を渡してっていうふうに社会が動いてるんだよな。
チラシっていうのは重要なんだよ。
ひとになにかをアピールするっていうのは地道な作業なんだね。
今はマンション入口なんかオートロックだし警備員もうるさいし。
ともかくまあきびしい社会だよ。
いろいろ考えてがんばってくれ。
どうにか生きてかなきゃな。
おれもどうにかするよ。
