空気はいろんな形の微粒子が混ざっていて乾燥していた。
たくさんの人たちの声が音符に形を変えて鼓膜をなでた。
それは人々の声だけでなく、スピーカーから流れる声のような音もあった。
君の腕がおれの腕に巻きついて歩く速度が遅かった。
少し小さい胸だけれど気持ちが寄りそうためだから。
CDショップの音楽に足を止めてしまって後ろから来た人が君にぶつかってしまった。
ごめんねってぼくは言った。
CDショップの前に立っていたら昔を思い出した。
昔は、レコード屋に入って何度も好きな曲を視聴させてもらった。
レジに持っていって視聴させてくださいと言うと、カウンターの横にあるプレイヤーで高音質のヘッドホンで聞かせてくれた。
たぶん、店員さんは面倒くさかったと思うけどおれは中学生だったから買うお金も度胸もなかった。
音楽を買うのにはたくさんの勇気が必要だった。
なぜそう思ったんだろう。
楽しい気持ちになったりうっとりさせるものは悪いものだと思っていたのかもしれない。
これ歌ってる子、なんて言うの?
ガードレールに片足をかけてぼくはうつむいた。
目を閉じていなかったけどそういう気分だった。
ぼくは照れくさそうにしていたと思う。
君は彼女の名前を教えてくれて、好きなのって聞いた。
うんって何でもないように答えた。
また人にぶつかりそうになったからCDショップに入ってその子の売り場へ行った。
夕方でぼくは一度くしゃみをしたら何度か続けて出た。
鮮やかな色のネオンや大きな声の女子高生たちが目立つようになってきたら、空腹になった君がどこかレストランに連れていってと言った。
もう帰るよ。帰りたくなった。そう答えた。
もういやになったんでしょと彼女が言ったけど、そうじゃないと答えた。
ちがうよ。私がいやになったんだ。
彼女はゆがんで笑ったふりをした。
とまどった顔を見て少しいい気になった。
この街はあまり来ない。
でも待ち合わせでよく呼ばれる。
困るけどしょうがない。
よく知らない街を歩くのはどきどきするから悪くないし。
案内してもらうことも新鮮な気持ちになるし、これからどうやって付き合っていこうか考えてる人との距離が縮まるのがいいことだと思う。
他人との関係に前向きな気持ちになっているおれという人間が善良な人間に思えて助かる。
決して善良な人間になりたいわけじゃないけど。
げんにこうして、とまどう君の顔を見れてうれしい。
おれは帰って音楽を聞くよ。
どうしてこんなうるさい場所に来たんだろう。
決してひまなわけじゃないのに。
信号待ちをしている間にまたガードレールに足をかけてた。
これはたぶんおれのくせかもしれない。
靴は汚れてる。
こんな男と歩くなよ。
そう思ったけどまあいいよ。
ありがとう。
大切に思ってくれて。
本当にそう思うんだよ。
ありがとう。
何度もそう言うけどもう少ししたら君にとってぼくの声は騒音になるんだ。
いいさ。自由に感じればいい。女の子だから。自由に。
君にとってぼくは汚れた街。
ありがとう。
一緒にいてくれて。
今日は帰るよ。
やさしい音楽を聞いてウイスキーを飲むんだ。
そう言って笑ったら君はうそつきと答えた。
ぼくはうつむいた。うらやましいんだ。すごく。
つるんとした心が。
ぼくの靴は汚れているのに。
本当にありがとう。
