本当の世界は色鮮やかできっといいことしかないよね。
君が生まれるまでおれは気づかなかった。
いつ終わってもおかしくないと思っていたんだ。
世界が。
信じていたんだ。
未来なんかいつなくなってもおかしくないんだって。
ありがとう。
ありがとう。
町のケーキ屋から出てきたのは気取った中年の女だった。
それすらも素敵さ。
ありがとう。
空は青いし、強い風が吹いてる。
何度も空を見るからたくさんの不思議な気持ちが現れる。
おれはひとつずつそれらを打ち消していく。
いつからだろう。
生きているのがうれしいんだ。
君もそうならいいのに。
昔、殴ってごめんね。
どうかしてたんだ。
本当にごめんね。
明日も君と歩くんだ。
この町を。
たくさんの色を見つけて笑おう。
感謝しようね。
それが何でもかまわない。
ありがとう。
死んじゃったおれのおじいちゃんは酒ばかり飲んでいて、ボートレースを子どものおれに教えてくれたしょうがない大人だったんだ。
おれが生まれたときにおじいちゃんはまだ若くて40過ぎくらいだった。
一緒に出かけるといつもいろんな人に話しかけて、おれはそんなおじいちゃんのことが好きだったんだ。
なぜだかおじいちゃんはおれのことが小さい頃からずっと自慢でね。
でもおれが悪いことをして警察に連れていかれたときにすごく悲しい顔をしたよ。
おじいちゃんはおれにしか本当のことをしゃべらなかったんだ。
おまえには教えておくけどな、みたいなことを言っていつも小さな声で話してくれた。
おじいちゃんは見知らぬ人に話しかけるのが得意だったよ。
おれもそういうことがあんまり苦じゃないんだけどこれはおじいちゃんの血かな。
おじいちゃんはたくさんの人との別れ間際にこう言っていた。
別れ間際にはいつも。
おれを後輩みたいに引き連れてさ。
じゃ、また。
ありがとな。
おれは思う。
近ごろ、いつも。
ありがとう。
おじいちゃんは死んじゃったけど。
たくさんのことをしてくれた。
ありがとう。
きっとおれを通じて世の中を見てたんだ。
こいつをよろしく。
いい世の中にしてくれよ。
こいつが生きていく世界を。
こいつが生きていかなければならない未来を。
それから何十年かしておれは大人になった。
もう完全に年老いてしまったおじいちゃんと会った。
明るい色たち。
白。黒。赤。青。黄。緑。
戸田競艇場に一緒に行ったんだ。
おれはあの頃、まるで泥水をすすりながら生きていて、おじいちゃんは名古屋からおれを救いに来た。
ボートレースのほとんどはスタートしてすぐに勝負が決まる。
その日、おれはあっという間に負けて、おじいちゃんは札束を手にした。
おじいちゃんはその足で電器屋に行っておれに大型テレビを買ってくれた。
二人で池袋の居酒屋に行って、昼間から日本酒を飲んで大騒ぎした。
店を出るとき、店長にありがとうありがとうと何度もくり返して言ってたくさんのチップをあげてた。
店長はおじいちゃんの息子くらいの年齢でぶすっとした表情をしていた。
おじいちゃんは今にも潰れそうな築三十年以上のおれの家に一週間くらい泊まって、毎朝五時に起きてコンビニでスポーツ新聞を買って、寝ているおれを叩き起こして遊びに連れていってくれた。
毎日。毎日。
名古屋に帰るとき、東京駅まで見送りにいった。
おじいちゃんはおれにもありがとうと言った。
行ってしまった新幹線を見送るとおれはまたひとりぼっちになった。
しばらくぽつんとホームに立っていて、どこにも行くところが思いつかなかった。
おじいちゃんはそれからひどい病気になって、長いこと苦しんで死んでしまった。
おじいちゃん。
おれは大丈夫だから。
おれも未来を考えてるよ。
明るい地球の未来。
たくさんの色。
それをおまえと見るんだ。
明日も。あさっても。
ずっと。ずっと。
ありがとう。
生まれてくれて。
そんなかんじでいいんじゃないかな。
そんなかんじでしょうがないよな。
