「仲直り出来たみたいですね。」
 
 
でっかい扉を押し開けて廊下に出ると、優しく笑う黒田さんの姿が目に入った。
 
 
私は慌てて要様の奇行のせいでボサボサになった髪を整えて苦笑を溢した。
 
 
「やっぱり要様のことはぜんっぜん分からないんですけど、とりあえず仲直り出来たみたいです。」
 
 
ふぅっと溜息を溢してから困ったみたいな表情を黒田さんに向けると、
黒田さんは嬉しそうに笑って私の手を取った。
 
何かと思ってその取られた手をまじまじと見つめていると、黒田さんは私に何かを握らせたらしい。手の中でモノの感覚がした。
 
 
「…?」
 
 
何だろうと思って黒田さんの手が離れた後、握っていた手のひらを開いてみる。
 
 
「…黒田さん、これ。」
 
 
手の中にあったのは桜のストラップだった。
 
透明な四角の中に小さな桜の花びらが散りばめられているデザインだ。
 
 
「スマホデビューのささやかなお祝いです。大したものじゃなくてすみません。」
 
 
少しだけ眉を下げて黒田さんが笑う。
 
こんなものまでもらって、申し訳ないのは私の方だ。
 
 
「ありがとうございます。」
 
 
どうしよう、どうしよう。
 
 
「…すごく、嬉しいです。」
 
 
桜のストラップをキュッと握りながら、私は言う。
 
ここに来てから、私は何かを貰ってばかりだ。
 
 
でも、
 
 
「これ、どうやってつけるんですかね。」
 
 
もう一度手を開いてじっと桜のストラップを見つめる。
 
ストラップなのは分かる。
でもこの人生ゲームの車に乗せる人みたいな部分はなんだろう。
 
これをどうすればこのタッチパネル式の携帯に取り付けられるのだろう。
 
 
「ああ、これはですね。」
 
 
黒田さんがそう言って、私の手からストラップと携帯を受け取る。
 
するとそれをイヤホンを差し込むところに取り付けて、はいっと私に渡して見せた。
 
 
「可愛いです。」
 
「小春さんにお似合いですよ。」
 
 
そんな風に言われたら悪い気はしないけど、なんでこうもこのうちの人たちは恥ずかしげもなくそんな台詞を吐けるんだろう。
 
 
黒田さんの場合、それは紳士的に捉えられるけど、要様の場合、それは本当に率直的すぎてどうすればいいか分からなくなる。
 
 
「要様って、何だか素直すぎて困ります。」
 
 
携帯を受け取ろうとしながらぼやくと、黒田さんの手に指が触れて少し焦って手を離した。
 
 
「静電気ですかね?バチっときました?」
 
 
ん?と不思議そうに首を傾げる黒田さん。
 
私は心底この人が鈍感でよかったと思った。
 
何を、焦ってるんだ自分は。
 
 
「そうです。静電気、静電気。いやぁ、困りますねぇこの時期は。」
 
 
黒田さんに便乗して慌てて誤魔化しながらまた携帯を受け取る。
 
 
勉強ばっかりしてると、こんな風に男慣れ出来ないのか。
 
 
「小春さん。」
 
 
たははっと力無く笑う私の名前を黒田さんが呼んだ。
 
 
「要様は、小春さんの前だけですよ。あんなに素直なのは。」
 
 
こうやって笑う黒田さんの笑顔はいつも、何だか切ない。
 
 
「要様は普段から他人には弱みを見せない方です。その他人の中にもちろん私たち使用人も入っていますから。」
 
 
優しい笑顔の裏っ側で、すごくすごく悲しさを押し殺してる。
 
他人に弱さを出せないのは、きっと黒田さんも同じだ。
 
 
「だから小春さんには要様はすごく心を許しているのだと思います。」
 
「なら、黒田さんも許して良いですよ。」
 
 
私の言葉に、少し驚いたような瞳。
 
でも、だんだんその瞳が困ったような色を映す。
 
変なこと言ったかもしれない。
見当違いだったかも。
 
 
「すみません。なんか私__」
「じゃあ、甘えさせてください。」
 
 
私の言葉を遮って、黒田さんの瞳が怪しげに私を映して、
 
気づいた時には伸ばされた手は私の腰に回っていた。
 
 
「く、黒田さん!?」
 
 
声が思わず裏返る。
 
でも、黒田さんは止めない。
 
どうしようどうしよう。
 
何!?何されるの!?
どうしたの!?いつもの紳士さはどこ!?!?誰!?貴方誰!?
 
 
頭の中がパニックで爆発しそうになった時、
 
こてんと私の肩に黒田さんの頭が預けられた。
 
 
 
「…ちょ。」
「ちょっとだけ。」
 
 
耳の側で聞こえる黒田さんの少し掠れた声に一瞬ほっとしかけた心拍数がまた上がる。
 
 
屋敷の大時計の秒針がカチカチと時間を刻む音と私の心臓の音だけが響いた。
 
 
 
「…俺、本当は弱くて、酷い人間なんだ。」
 
 
 
小さい声だった。
 
耳元じゃなかったら、きっと聞こえてないくらい。
 
弱くて、消えてしまいそうな声だった。
 
 
 
「…くろ__」
「すみません。ちょっと甘えてしまいました。」
 
 
体が離れた。
 
硬直する私に、本当にいつも通りな黒田さん。
 
 
「今のは、忘れて下さいね。」
 
 
そう言って微笑んだ笑顔の中に、私は確かに彼の悪戯っ子みたいな姿を見たのだ。
 
 
 
「…忘れられるわけ、ないじゃない。」
 
 
くるっと踵を返した黒田さんの背中を見つめながら私はつぶやく。
 
 
__俺、本当は弱くて酷い人間なんだ。
 
 
忘れられるわけ…。
 
 
to be countinued?
 
 
 
 
 
紅都 蓮